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入社初日、志郎は樋口さんという社員に仕事を教えてもらうことになった。四十代くらいの小太りの男性で、明るく、感じがいい人だった。
樋口さんによると、この会社の営業は得意先を回って注文を取ってくるのが主らしい。
今日は初日なので、樋口さんに同行し、仕事を見学することになった。社用車に乗って最初に向かったのはケーキ屋だった。
店に入ると、樋口さんは店員と顔見知りで、すぐ奥に通してもらった。そこで店長である佐々木さんと対面した。佐々木店長も樋口さんと同じ四十代くらいの男性だが、体型と性格は正反対で、痩せ型で無口な人だった。
樋口さんは届けるチョコの種類と量、日付を店長に確認した。店長は相槌を打つだけで特に話そうとしない。
その時、店長のスマホが鳴った。
「失礼」と言い電話に出る。そのスマホを見て、志郎は驚いた。スマホケースに、志郎がハマっているゲーム『ワンワンバトル』のキャラクター、犬左衛門のストラップが付いていたのだ。
店長が電話を切ると、志郎はストラップについて尋ねた。
「あの、それ、犬左衛門ですよね?」
すると、店長の仏頂面がパッと明るくなった。
「あー、君ワンワンバトル知ってるの? そうだよ。これ、クジ引きの景品だったんだ。しかも一等。当てるの苦労したよ」
「僕もワンワンバトル大好きなんですよ。いやぁ、羨ましいな」
「いいでしょう? 全然当たらなくてね、意地になって五万円も使っちゃったよ。ハハハハ」
二人の会話を横から見ていた樋口さんが言う。
「いや、良かった。お二人仲良くなれそうですね。ここの仕事は田中に引き継ぎましょうかね」
「そうしてくれる?」と店長。「もっとワンワンバトル談義をしたいからさ」
そう言ってまた笑った。
「えっと、その時はよろしくお願いします」
志郎は照れながら頭を下げた。
商談が終って車に戻ると、志郎は気分が良かった。佐々木店長とは仕事の垣根を越えて仲良くなれそうな気がする。この仕事は上手くやっていけるかもしれない。そう思えた。
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