夢の図書館

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 (たい)がとても大きな図書館を見つけてきてくれた。俺も行きたいと言うので2人で出掛ける事にした。それを聞いた羅衣も行くと言ったから仲良し3人で行く事になった。 「太ごめんね。寿璃(じゅり)と2人が良かったでしょ」 「そんな事ないさ、知らない所へ行くには気心知れた人たちが良い。心強いから」  ちょっと待って。いくら新しい図書館へ行くからって心強いとかって違うよね。何か度胸試しに行くみたい。 「何か普通の図書館と違うの」  私が訊ねると歩きながら黙り込んだ。 「私、普通の図書館で良いよ。いくらたくさん本があったって、心強いって思うような図書館じゃなくて良いよ。太ごめんね」  太は今度は俯いた。私と羅衣は顔を見合わせて太が口を開くまで無言で歩き始める。 「卒業したら3人でいられないだろ。この年になってもワクワクドキドキしたいんだよ」  そう言って太が図書館の説明を簡単にしてくれる。話に聞いて場所を確認しただけらしいが。 「そっかぁ、進路別々だもんねぇ。ワクワクドキドキしてから卒業したいなあ」  羅衣とは中学から一緒。別々の進路は理解出来ているけれど寂しい。あぁ寂しい。  太の進む方向は駅の南口。住宅もあるけれど大きな公園や文化センターなどの施設が多い。 「何か私さぁ、足元がふわふわしてきた。もうそこが図書館なのに」  私が言うと2人もそんな感覚らしい。図書館に行く人ってそうなるのかなぁ。 「俺だけだと思ったから黙ってた」  太が言って私たちを見て笑顔になった。  入口に列が出来ていた。正面玄関を入ってしまうともうふわふわ感はない。ただ今は列を作っている人並みが不思議。オープン日が今日で催しでもあるのかなと思った。 「何だろうな。調べてみるか」  羅衣も調べた。 「マジ怪しい。検索出来ないし」  羅衣がいきなり小声で言った。 「受付した人たちの腕を見て」  太にも聞こえていたらしく、順路の矢印に沿って歩いて行く人たちのどちらかの腕に2段のバーコードが浮き出ている事に気づいて3人で啞然としていた。 「ごめんな2人とも。ヤベエってこの図書館」  早口になる太に私は言う。 「卒業までにワクワクドキドキしたいから。見てみようよ図書館の中」  私も異様な光景に鼓動が落ち着かない。でもそれを隠して言った。羅衣は私を見つめて頷く。  順番に受付。1番に太が受付をした。そしてチケットを受け取ると、レジで使うスキャナーを右手の甲に当てられた。  浮いた。太の左の腕に2段のバーコード。 「何か図書館で受付って初だわ。まぁ借りる時にカウンターでする手間省けたなって感じだけれど。借りるのはそのコーナーや部屋で出来るのかな」  太の言葉を聞きながら歩き出すと館内放送。 「再三のお知らせを致します。図書館では受付時のスキャンによって、お読みいただけるコーナーやお部屋が違いますので御了承下さいませ」  私たちは腕に浮き出たバーコードを見て、どの順路に沿って行くのか確認。3人とも別々だった。私と羅衣は趣味が一緒だから同じだと思ったのにな。太が言う。 「昼飯の事もあるし12時ロビーな」  私は階段を羅衣と上がる。2階のフロアなのは一緒だった。太は1階の奥へと歩いて行った。 「じゃぁバイバイだね」 「うん、もしかしたら寿璃と途中の廊下で会うかもね」  私は入室時にいた職員に質問した。 「あの、もしバーコードと違ったコーナーや部屋に入室した場合はどうなるでしょうか」  白いブラウスに黒のジャケットの60代と思われる女性は表情を変える事なく言った。 「それはありませんよ。未だかつてありません」 「そうなんですね」  有難うございます、と言って私は扉を開けて入室した途端、思わず口にしてしまった。 「何なのコレ」  扉に背を預けて呆然とする私の手を握ってくれたのは、小5の時から大好きなコミックのヒロイン。部屋の本棚にはコミックがぎっしり。 「こんにちは。会えて嬉しい。みんなに紹介するね。お名前は?」  そのもの。コミックそのもの。可愛くて明るくて優しくて、仲間を大切にするヒロインに私は憧れている。今でもずっと憧れているヒロインに自分の名前を告げる。 「寿璃ちゃん、私や仲間を好きでいてくれて有難う。ほら最後は私は梨柚(りゆ)君と一緒になれたでしょ?ほらあそこに梨柚君。  私が恋した梨柚君。私とヒロインは恋のライバルだなんて思っていたけれど、ヒロインと梨柚君はやっぱりお似合いだ。私はこの瞬間に失恋。  私にとっては夢の図書館。ずっといたいな。  梨柚君い勝手に失恋したけれど話が出来た。コミックと同じ人物と話をした。その時にヒロインが言った。 「このスキャナーにね、寿璃ちゃんが好きなシーンをいくつも取り込めるの。ずっと好きでいてくれる感謝の気持ちよ」  何だろう。こんな図書館いつかあったんだろう。梨柚君や仲間たちの会話しているシーンなど、コミックを開いてスキャニング。  部屋を出る時に一冊の本をヒロインから手渡された。 「私たちから寿璃にプレゼント。この本を開けば、ここでの出来事と腕に取り込んだ情報が一冊の寿璃だけの本になるの。またね」  涙が自然に溢れ流れた。私がコミックの中で見た仲間たちがギュッとしてくれた。梨柚君が眼鏡をちょっと指で押し上げて微笑む。  さっきの失恋撤回。私はまた梨柚君に恋してしまった。 「寿璃、会えて良かった」  私が泣きながらロビーに行くと、2人はロビーの端のソファーに座って話をしていた。 「寿璃、何があったの。泣いてるの?」  私を横に座らせて羅衣は早口に言った。でも私は感極まっていて泣き笑いした。 「場所移動するぞ。昼飯の時にそれぞれに起こった事を話そう」  太の言葉に泣きながら歩き出した。数歩の所で立ち止まると振り返った。今頃、みんなコミックのように賑やかな学校生活しているんだろうな。部屋の外に出ていそうな気がした。  太は図鑑の部屋で昆虫・魚など色々な図鑑の世界を話してくれた。語り足りないとぼやき身振り手振りで説明した。昆虫図鑑のカブトムシと対戦したり、魚図鑑のエイやイルカと遊んだり、いつも冷静な太が目をキラキラさせていた。でも私の頭の中は梨柚でいっぱいなの。ごめんね太。  羅衣は太ほど興奮していないように見える。でも私は知っている。落ち着くようセーブしている羅衣は瞬きが多く唇をギュッとする回数が多い。 「私、尊敬している料理の先生がいるのね。その先生と料理一緒に作ったの。世界各国の料理教えてもらって。好きなレシピをスキャニングしたらね、バーコードに登録されるらしいの。真っ白な本を渡されて、私オリジナルのレシピ本が出来るんだって」  どの部屋にもスキャナーが1つあったって事か。そうじゃないと本のページが取り込めない。  太が言う。 「腕のバーコードが貰ったマイ図鑑の裏に移動してるぞ。消えたと思ったら。あぁまた行きたいなあ」 「じゃあまた行こうよ。でも電話もホームページもないから休館日分からないね」  羅衣の言葉に頷く。夜は興奮して寝不足。でもまたコミックの仲間たち会えると思って放課後を楽しみにしてたのに。  行ったらその場所はスポーツ施設になっていた。他にも呆然としている人たちと一緒に3人でしばらく立ち竦んでいた。ワクワクドキドキ2回目出来なかった。  あの図書館は一体、どこに消えてしまったのだろう。           (了)
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