不遇と勇気

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 渋柿勇気のお別れ会は想像以上にひどいものだった。この際、誰も彼の死を悼んでいないのはいい。渋柿勇気もこんな連中に安っぽく自らの死を悼まれたくないだろうから。しかし彼らがこのお別れ会という場を利用して何かを得ようとしているのを目の当たりにすると、なんだかやりきれない思いになった。  お別れ会に出席していた人数は三十人くらいで、その多くは初めの二、三言くらい渋柿勇気の事を話したあと、自らの近況を話し合う会にシフトチェンジしていった。仕事がどうだとか、最近恋人と別れただとか、そんな当たり障りのない話が僕の耳に届いてきた。彼らは自分の人生を謳歌していて、渋柿勇気のお別れ会もその謳歌されている人生の一ページに過ぎないようだった。  誰がどう声をかけたのかは不明だが、お別れ会には彼の両親も出席していた。父親である渋柿大河はもう表舞台からは姿を消していたが、ミュージシャンとしてのかつての面影がその佇まいから見て取れた。  それとは対称に渋柿大河の母である女性は、自分の息子の死が自殺かどうか誰かに漏れていないか心配で仕方ないようだった。渋柿勇気の死因としては急性の心不全だと説明がされていたが、よくそんな嘘を平然とつけるものだと僕は思った。  僕は会場の空気が完全にお別れ会ではなくなったのを見計らって遺影の元にある仏壇に線香を上げた。笑っている写真がなかったようで、その遺影は無愛想な表情をしてこちらを見ている渋柿勇気のものだった。しかし遺影の中のそんな表情でもやはり彼は端正なものだった。僕は騒がしくなり始めた会場の中で、渋柿勇気に向かって静かに語りかけた。  なあ、おい。見てるか。お前が死んだところでもちろん世界なんて変わらなかったよ。それどころか、もっと世界はおかしな方向に進んでしまっている気さえする。  結局のところ、人間は誰か誰かの意思で根本的に変わることはないんだ。お前は認めたくないだろうけどこれは変えられようもない事実なんだ。でも俺はこのおかしな世界で生きていくと決めたし、それがお前の秘密を知ってる俺の責任だと思う。だからお前は先に一人で楽になってるといいさ。これはお前の一番やりたかったことなんだもんな。
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