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その件以来、僕は渋柿勇気とは距離を置こうと心に決めたわけだが、それは簡単にはいかなかった。社会科の授業で地域の企業へと取材に行くことになり、そのレポートを二人一組でまとめることになったのだ。世の常だといってもいいかもしれないけれど、こういう時に決まって溢れるのは僕と渋柿勇気であり、それはクラスの共通認識だった。
僕は最初、渋柿勇気の協力には期待していなかった。どうせいつものように肩肘をついて本を読んでいるのだ。この課題は一人で終わらせる覚悟だった。
しかし彼は企業への取材を自ら行い、レポートを仕上げてきた。その出来は完璧といってもいい代物で僕が口を挟む余地はないように思えた。その事実が僕には気に入らなかった。彼の完成されたレポートにどうにか穴を開けてやろうと思い、僕も負けじとその企業のことを調べ上げた。
そしてどうにか二人共作という形で最終的にレポートを提出した。驚いたのは、渋柿勇気は僕の提出したレポートにケチをつけることはなく、むしろ良い点を自分のレポートに付け加えるように書き直したのだ。最終的にそのレポートは取材元の企業にも絶賛されることになった。
「どうしてこんなに真面目に取り込もうと思ったの? 僕のこと嫌いなんだろう?」と僕は二人になったタイミングで彼に問いかけた。
「小説を書きたいんだよ、俺」突然に渋柿勇気は珍しく本心をこぼすように言った。
「小説? 小説家になりたいから今回のレポートを真面目に取り組んだの?」僕は首を傾げながら言った。
「あんな企業への取材なんて普段の生活じゃ絶対に行けないだろ。そういう体験ってレアだからできるだけ真面目にやろうって思ったんだよ」
「じゃあつまり小説のネタにしようって思ったってわけか。それであの企業になにか使えるものはあったの?」
「どうだろうな。正直、取材先の企業に関してはあまり収穫はなかったかもしれない」と渋柿勇気は言った。「でもお前が書いた文章は良かった。あれは俺には書けない視点からの文章だ」
僕は小さく首を振ってから「それはどうも」と言った。
「なあ、松井。このクラスでまともなのは俺とお前だけだよ。これけっこう本気なんだぜ」
渋柿勇気はそう言って、小さく笑った。
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