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仏壇に線香を上げ終わったあと、僕は会場から出た。もうこれ以上ここにいても仕方がなかったし、この後開催されるらしい二次会になんてもちろん参加するつもりはなかった。
季節は秋から冬に変わり始めようとしていて、時折冷たい風が僕の横を通り過ぎていった。
背後から声が聞こえたのはその時だった。振り返ると、渋柿勇気の訃報を僕に知らせてくれた男が手を振りながら走って近づいてきた。そこでようやく僕は彼の名前が林山だったことを思い出した。
「間に合ってよかった。キミにどうしても聞きたいことがあってさ。ちょっと時間いいかな?」と林山は息を切らせながら言った。
いいよ、と僕は言った。そしてなんだか嫌な予感がした。
「じゃあ単刀直入に聞かせてもらうよ。先月出版されていま話題になってる本があるよね。多分キミならタイトルを言わなくても分かるはずだよ」と林山は言った。「あの本を書いた作者って渋柿くんなんだろう?」
僕は何も言わずに黙っていた。林山はそれを肯定を捉えてようで大きく息を吐き出した。
「やっぱりそうなんだね。あの内容と、文章はどこか身近な出来事なんじゃないかと感じたんだ」と林山は言った。「じゃあ、彼の死因は心不全じゃないってことかい?」
「それは僕にも分からないよ」と僕は言った。
林山は「そっか」と言ってから、天を仰いでまた大きく息を吐いた。
「この話は他の誰にも言ってないよ。多分、渋柿くんとキミの二人だけで共有されるべきことだろうから」
「この話をしたくて、僕をここに誘ったの?」
林山はそれをすぐに否定しようとしたが、諦めたように頭を掻いた。
「正直言ってそれもあるよ。ぼくはあの本の作者がだれかどうしても確かめたかったんだ」
「どうして?」と僕は訊いた。
「あの本はぼくにとって必要な本だったからさ。読んでいてとても心を打たれたよ。渋柿くんが書いた本はぼくにとっての運命の一冊になったんだ」
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