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渋柿勇気が両親から虐待を受けていることを僕が知ったのは、もうすぐ卒業を控えた二月だった。企業レポートの件から僕たちは共に時間を過ごすことが多くなっていたが、これだけ長い時間を一緒にいて僕はその瞬間まで彼の身体にある青黒い痣に気づきもしなかった。
「ああ、これね。実は俺、両親からたまに殴られてんだよ。ウチの親もひどいもんでさ、本人達は顔が世間に出てるもんだから、気づかれないように腹とか足とか殴ってくんだぜ」
腹部にあるその痣を僕に見つかった時、彼は飄々とした口ぶりでそう言った。その口の軽さと、彼にある傷の重さがとても歪に見えて、僕は自分の視界が揺れる気がした。
「ああ、そうだ。今日お前に頼みたいことがあったんだ」と渋柿勇気は話題を変えるように言った。
「両親への復讐に付き合ってくれってことかい?」
「馬鹿、違うよ。これは両親からなりの……」と言って渋柿勇気は考えるように首を傾げた。「愛みたいなもんなんだよ。それが俺には分かっちゃうんだ。俺の両親だからな」
「……らしくないね」
「頼み事っていうのはさ、将来俺が納得できる本が書けたらお前に送るから代わりにお前が出版社に出してくれってことなんだ。会社はどこでもいい。お前が決めてくれ」
「嫌だよ、そんなの。君が勝手に送ればいいじゃないか」
「余裕があればダメなところを修正してから出してくれると助かる」と渋柿勇気は僕の言った事を無視して言った。
「ねえ、今からでも遅くない。どこかの相談所に行こう。君は今冷静じゃないんだ。その身体の傷は普通じゃない。一体いつから殴られてるの?」
「もうその話はやめないか? 多分お前は考えすぎてるだけだよ」
「かまわないから、頭の中にある事をなんでも話してよ」と僕は言う。「僕が考えすぎているかどうかは、そのあとで二人で判断すればいいことだ」
「なあ松井。多分お前は一つ大きく間違ってる」と渋柿勇気は言った。「お前は俺が今、不遇だと思ってるだろう?」
僕は考えてから、曖昧に小さく頷いた。
渋柿勇気は少し悲しそうな顔をしたあとに言った。
「これは俺が俺なりに幸福になろうとした結果なんだ。それをお前だけが知ってくれればいい。頼むよ」
僕はそれ以上なにも言うことはできなかった。彼は僕のその様子をみて「ありがとう」と言った。
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