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それから僕は渋柿勇気とは別の高校に進学し、当たり障りない高校生活を終えて、普通の大学に進んだ。そして二十二歳になった秋に渋柿勇気から二百枚を超える原稿用紙が届いた。
僕はその原稿にすぐ目を通して、三週間かけて目につく文章を修正した。そして完成した原稿を趣向にあった出版社に提出した。
出版社のからの折り返しの連絡が来たのはそれからすぐだった。僕は出版社に足を運び、編集社の男と本の内容について話をすることになった。
僕は話をする前にこの本は自分が書いたわけではなく、あくまでも代理人に過ぎないと編集者に伝えた。そしてこっちから作者に連絡する術がないとも言った。
「この話は作者本人の経験から生まれた話なんですか?」と言ってから、編集者の彼は言いにくそうに口元を歪めた。「つまり両親から虐待を受けていたか、というわけですが」
「あなたはどう思いますか?」と僕はその編集者に訊いてみた。「この作者はどんな思いでこの本を書いたと思いますか?」
そうですね、と編集者の男は考える素振りをみせてから言った。
「この本が実際にあった出来事を元に作られていて、それが作者のことなら辛い思いをしながら書いたんじゃないかと思いますね。自分に起きた事を物語に昇華することで、そこに救いを求めることってけっこういますから」
「本人は愛だと思っていたんじゃないですかね」と僕は彼に言った。
「…愛ですか?」
「多分、僕だけはそれを否定しちゃいけないんです」
そうして渋柿勇気が書いた本は多くの人の目に触れ、影響を及ぼしたのちに多くの本と同じように人々の記憶から忘れられていった。
しかし僕、もしくは僕以外の誰かもきっと彼が書いた本を忘れずに生きているに違いない。
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