みんなこれを見に来た

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みんなこれを見に来た

 スーツを着た少年が、巨大なグリフォンを引き連れて現れた。  グリフォンは人間大で、二足歩行で立っている。人間の腕と足に猛禽の爪を持つ。この個体はメスらしく、こめかみにリボンが添えてある。クチバシに紅も引いているらしい。 『続いては大本命! ギュンターくん一〇歳。数多くのS級召喚士を輩出してきた名門、ギースベルト家の若き天才が登場だ。従えているのは、グリフォンのヴェラちゃん、三歳のメスです! 観客のみんな、彼を見に来たのです!』  彼は過去に二度S級の試験を受けて、どちらも失敗している。その模様が、煽りVにて公開された。  初登場時は、八歳という若さ。「悪の組織に連行されるご主人サマを、肉の誘惑に負けずに助け出せるか」というミッションで、グリフォンは真っ先に肉へ飛びついた。初戦敗退。  二度目の挑戦では、準決勝まで駒を進める。誘惑の多い屋台通りを走り抜けるミッションに挑む。しかしグリフォンは、どの屋台もハシゴしていた。  ダイジェストシーンを鑑賞しながら、観客はゲラゲラ笑っている。バカにしているのではない。微笑ましい姿に癒やされている。  彼は負けるたびに、グリフォンに当たり散らして泣いていた。グリフォンの首に抱きついては、振り払われる。手綱に引きずられながら退場していく様は、どっちが飼い主かわからない。負けて母に泣きつく姿は、おなじみになっている。  観客は、同じようなリアクションを求めていた。同時に、今度こそ昇格できればとも願っているようだ。  ただでさえ、グリフォンは気性が荒い。意思疎通も難しいのだ。 『本日、三度目の挑戦だ。果たして、今年は無事に昇格できるのか? はたまた、再び姿を消すのか? ギュンターくん、自信のほどは?』 「屋台とか練習してきたから、今回は大丈夫だと思う」  過去に失敗したミッションを自宅に設置して、トレーニングを積んだという。 『意気込みはばっちりといったところでしょうか? シチサブロー審査員は、ギュンターくんとは初顔合わせですね?』 「泣き虫ヤロウだってのは、聞いているぜ」  煽りVでも、彼は泣きべそをかいている。 「まあ、泣いてもらうぜ」  言葉少なに、シチサブローは試合開始を急かした。 『時間が来ました。ゴングを鳴らしてください!』  試合がスタートし、グリフォンがさっそくソワソワし出す。 「まてヴェラ、ダメだって」  グリフォンは、泣き虫にどうして止められているのかわかっていない。目の前の肉を取り上げられまいと、飼い主すら威嚇する。  泣き虫少年は、必死にグリフォンを押さえ込む。  しきりに、グリフォンは場外に視線を向けた。泣き虫召喚士の母親が、席に座っている。 『さて、グリフォンのヴェラ選手、気持ちが落ち着かない! ギュンターくんのママさんが気になっているのか。実はこの方、ギースベルト家の歴代最高傑作と呼ばれています』  召喚士の母親は、目をそらす。自分が子どもに替わって、指示を出すわけには行かないから。  状況を見つつ、シチサブローは分析した。完全に、少年はグリフォンに舐められている。彼女にとっては、自分の方が飼い主より立場が上なのだ。  その理由は……。  とうとう泣き虫の包囲網を、羽ばたきでかいくぐった。飼い主を飛び越え、肉にありつく。 『あっとぉ、やはり失敗! 名門ギースベルトの若きエースは、今年もダメでした!』  失敗し、召喚士は落ち込む。  側で見ていた両親も、これには苦笑い。  消沈する飼い主などには目もくれず、メスグリフォンはうまそうに肉をついばむ。 「なんで? なんでだよおおうわあああん!」  グリフォンの首に、泣き虫が抱きついた。 「触るな」という意思表示を露骨に出して、グリフォンが避ける。ササッと、泣き虫の母親の元へ。支えを失った泣き虫少年は、そのまま地べたに転倒した。また大泣きする。 「しょうがない子ねぇ」と、泣き虫の母はグリフォンの首を抱えた。  母親召喚士に抱きしめられながら、グリフォンはうれしそう。首を撫でられると、うっとりしている。頬ずりまでしていた。 「ギャハハ! ちっとも愛されてねえなぁおい!」  シチサブローが、泣き虫の失態を煽る。 「彼女にとっては、本当の飼い主はママ」  テルルも、グリフォンが真に慕っている存在に気づいた模様だ。 「たぶん、ママに召喚してもらったんじゃねえか? それを息子が譲ってもらっただけと推測するが?」  シチサブローが、グリフォンのいきさつを推測する。 「そうなんですよぉ。わたしの子どもだから、懐いてくれると思ったんですけどねぇ」  召喚士の母親が、うなずいた。  なんと、言い当てていたとは。 「ダメだぜ、おっかさん。ちゃんと子どもが召喚の儀式をしてやらなくちゃ。召喚術の基本でしょうが」 「そう思って、二度目以降は本人に召喚させたんですよぉ。でも全然いうことを聞かなくて」  話を聞き、シチサブローは理解できた。どうして、少年がグリフォンを飼い慣らせないか。 『またも涙の結末となってしまいました。しかし、殺伐としてきた本大会に、多大なる癒やしを与えてくれました。やはりちびっ子を相手にする大会はこうでなくては。ありがとうございました!』  優しいアナウンスに見送られ、召喚士はべそをかきつつも自力で立ち上がって退散する。 「悲観することはない」 「ああ。メスのグリフォンってのは、プライドが高い。そいつを飼い慣らすこと自体、めんどくせえからな」  ヴァンパイアロードを従えるより、はるかに難しい。性格が大人な分、ヴァンパイアの方が忖度してくれる。根っからの野生児であるグリフォンでは、召喚士を立てるなんて望めない。  一度染みついてしまった元飼い主のマナの匂いを、きっとあのグリフォンは忘れられないのだ。  母親の方が、圧倒的にマナが強い。  自分が仕えるご主人サマとして誰が相応しいか、グリフォンは身体で覚えてしまっていた。これは、泣き虫に懐くのは時間が掛かりそうである。  しかし、彼は必ずやり遂げるだろう。どんなに時間が掛かっても。 「あいつは将来、伸びるぜ」
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