3人が本棚に入れています
本棚に追加
一日目終了
「かんぱーい」
シチサブローとテルル、協会長は、冒険者の酒場にいた。
協会長はシードル酒、二人はリンゴジュースで乾杯をする。
酔うと手先に影響が出てしまうためだ。
また、テルルはガキに自分の身体を食わせる。
アルコールの成分を食べる側に与えると、召喚士である児童にもよくない。
召喚獣と召喚士は、精神面ならず肉体面も連動しているからだ。
「まったく、不甲斐なかったのう」
ピーナッツをツマミながら、協会長は今日の試験を振り返る。
「しゃーねえだろ。今年は特別難しい試験にしたんだからよ」
シチサブローも、ローストビーフとサラダを口へ放り込む。
結局、S級召喚士認定試験の一日目は、合格者ゼロという結果に終わった。
貴族たちは不本意だったかもしれない。
とはいえ、ちびっ子たちにとっても同様とは言えないだろう。彼らにとって、学ぶことは大いにあったはずだ。
「なんたって、オレに頼んでいる時点で無理ゲーだっつーの」
「子どもが操る召喚獣。その胃袋を刺激するのはたやすい」
酒場特製プリン・アラモードをチョコチョコと口へ運びながら、テルルも意見する。
「うむ。難易度を跳ね上げたのは、間違いではなかったのう」
これまでの試験は、適当に上位の称号を与えすぎていた。S級を出した協会は、世間でも箔が付くからだ。
前の協会長は、率先して汚職に励んでいたという。その恩恵をひた隠しにして、出来の悪い召喚士たちを輩出していった。
しかしその結果、召喚士たちの質は著しく低下。冒険者たちの信用問題にまで発展する。汚職の主犯であった前任協会長は、更迭された。
現協会長は現状を憂慮し、認定試験の難易度を跳ね上げる。
食欲に打ち勝つ。シンプルでいて、恐ろしく奥が深い。舐め腐っていると、足下をすくわれる。失敗したときに生じる、恥のかき方も段違いだ。戦闘とは違った難しさを要求される。
「魔王が倒されて平和ボケした結果、無能な召喚士が増えた。名ばかりS級召喚士では、この国を守ることなどできんじゃろう」
「だな。クズばっかりだった」
姫騎士親子なんて、特例中の特例だろう。あんな筋を通せる召喚士ばかりだったらよかったのだが。
「負けたヤツらのほとんどが、前任協会長派だっているから笑えねえ」
「ワシが協会長になったからには、好き勝手させんわい」
「もっと根性があって力も精神面も申し分ない人物が召喚士には相応しい、ってのはわかるぜ。けどよ」
そこまでの人間がこの時代にいるとはとても……。
「あっ!」
一人の少年が、冒険者に足を引っかけられて転倒した。トレイに載っていた料理が、床に散らばる。
「ここはガキの来るところじゃねえんだよ」
「とっとと国に帰りな。質の悪い召喚士が!」
冒険者たちが、床に伏している少年をあざ笑う。
少年の足を引っかけた男は、やせているシーフ。相棒の大男は、斧を担いでいた。
シチサブローから見て、どちらも弱そうに見える。
「なんだと! ご主人を甘く見るな!」
少年が連れている召喚獣が、冒険者に食い下がった。ネコミミの映えた獣人で、ジャケットと短パンを着ている。見たところ【ケットシー】だ。ネコ型の召喚獣だが、服を着て二足歩行で立っている。
となると、あのケットシーは少年の召喚獣か。
「んだぁ? ケンカ売ってんのか? テメエらみたいな出来の悪い召喚士共のせいで、俺たちがどれだけ尻拭いをさせられてるかわかってんのか?」
「なにを? 自分が弱いのを召喚士のせいにするなっ!」
ケットシーが、冒険者の顔をひっかく。
「てめえ、俺の顔に傷を!」
大柄の冒険者が、岩のような拳を振り上げた。
「このお、ケットシー如きがっ!」
「やめな」
シチサブローが、片手で冒険者の手首を掴む。
「いでででで! なんて力だ!」
「食い物を粗末にするヤツは」
相手の腕を背中までひねり回し、シチサブローは思いきり締め上げる。
「出て行け」
冒険者の背中を、シチサブローは思い切り蹴り上げた。
蹴られた冒険者は、店の外まで放り出される。
「次に追い出されたいヤツら、前に出やがれ」
単なる料理人に、歴戦の冒険者が足蹴にされた。その事実を突きつけられたからか、他の客からのおちょくりが止む。
「今度は、ウチが相手になる」
加えて、ドラゴンの娘まで参戦してきた。シッポをジャブのように振っている。
「いつから市民を守る冒険者様は、その市民を弱い者イジメをするようになったんだ? 質が低下したのはどっちだって話だよな? 教えろよ。おいそこのやつよ、え?」
足を引っかけた冒険者を煽り、ウザ絡みを始めた。
「か、勘弁してくれ」
「してやらん。お前は絶対に許さねえ。食い物を大事にしないヤツはな。おいテルル、絞め殺せ」
テルルのシッポが、男の首に巻き付く。
「よ、よせ! ホントに勘弁してくれっ!」
「だったらなんて言うんだ? ママに習わなかったのか?」
男を解放し、両膝を蹴り上げ、床に付けさせる。
「あとは何をすればいいか、わかるな?」
シチサブローは、氷のような冷たい声で言い放った。
男の前には、さっき転ばされた少年が尻餅をついたままでいる。
怯えた男は、床に手を突く。
「も、申し訳ありません」
「いい子だ。なあお前、許してやってくれるか?」
シチサブローが聞くと、少年はコクコクとうなずいた。
「行け。あと弁償しろ」
金を床に投げ落とし、男が泣きながら逃げ出す。
最初のコメントを投稿しよう!