恋を始める瞬間

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あーこれ、泣く案件だわ。 やばい、漏れる。零れる。 トイレ、トイレ。あった、女子トイレ。 足早に歩を進めたそのままトイレに駆け込もうとしたところ、後ろからぐいっと肩を掴まれた。 「ひゃっ!?」 「シッ、」 掴んでいない方の手で人差し指を立てて唇にあてる。 こんな時でさえ、その仕草の色気にほわんとしてしまう。 「璃珠、こっち」 そのまま腕を掴まれて、側の空き会議室に連れてこられた。 「よかった、女子トイレ入る前に捕獲出来て。 さすがにそこには俺入って行けないから」 「藍原、さん」 だからそうやって優しく微笑んだら、ダメなんだってぇ…… 「名前、戻っちゃってる。 ───俺、あの日そんなに駄目だった?」 「……え?」 「その、慣れてなくて。 どっかおかしかったり、変なとこあったらごめん。けど、璃珠のこと手放したくない」 「そんな、」 「手に入れた、って思ったの、俺の勘違いだった?」 そんな、だって。 本当に? でもさっきは。 「──瀬那さんのこと、好き、なんですよね?」 「えっ、」 明らかに動揺した面持ちになった。 ほらね、やっぱり。 「無理です、他あたってください。 わたしには藍原さんの寂しさを慰めてあげる余裕なんてないです。そんなの、辛すぎます」 やっぱり、これは涙案件だった。 ポロポロと涙が零れ落ちていく。 ほんとは嫌いなのに。 こんな時に男の人の前で泣く女、大っ嫌いなのに。 だって、そんなの抱き締められ待ちだもん。 ほら、同情して藍原さんだって、こうやって抱き締めてくれちゃう。 「璃珠、」 そして、我儘にもこう思ってしまう。 ───そんな切なそうにわたしの名前を、呼ばないでほしい。
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