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マルティプライヴが殿堂入りしてから、二十年が経過した。
町のあちこちに茨が生えている。
空地、アスファルトの隙間、側溝の隙間、擁壁の隙間、水抜き穴等、いろいろな所から生えており、中には家全体を覆っているものまである。
これらの茨は、マルティプライヴの子孫である。
彼が考えていた通りにマルティプライヴは繁殖したのだ。
種から育ったバラは、基本的に親とは別物である。
だからか、白い花しか咲かないものや、紅い花しか咲かないもの、香りが弱いもの、枝が短めで木立ち樹形に近いもの等、どこかしらマルティプライヴとは異なる特徴を持ったものばかりである。
だが、曲がりなりにもマルティプライヴの子孫。
性質を完全に引き継いでいないとはいえ、多花性で実を多く付けるものや、丈夫なものが多い。
繁殖はこれからも続くだろう。
マルティプライヴとその子孫による繁殖は、日本国内に限らず、海外でも起きて問題になっており、各メディアで報道されている。
マルティプライヴとその子孫による交配は、近親者同士だけではなく、他の園芸品種や野生種との間でも起きているので、各地で様々な雑種が生まれている。
こうして、茨だらけになった町中を一人の老人が歩いている。
マルティプライヴの生みの親である。
彼はぴたりと歩みを止め、あちこちにある茨を見回す。
「茨の道か。苦難が多いことのたとえだが、これらがあいつの子孫だと思うと、茨の道を歩くのも悪くないな」
そうつぶやくと、彼は再び歩き始めた。
彼の農場には、今でもマルティプライヴの親木がある。
親木だけではなく、接ぎ木で育てたものや、挿し木で育てたものもある。
それらは今日も元気に枝を伸ばし、美しくかぐわしい花をたくさん咲かせている。
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