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哀れなる八重咲き
五月上旬。青い空からは太陽の暖かい光が降り注ぎ、民家のフェンスからは、様々な花が顔を覗かせている。
花々の中でもひときわ目を引くのが、バラである。赤、白、黄色、ピンク、オレンジ、紫等、様々な色の花が咲いており、中にはグラデーションになっているもの等、変わった色合いのものもある。また、樹形も一辺倒ではなく、木立型のものがあれば、つる状のもの、あるいはその中間のようなものもある。
そんな町中を一人の中年男性が、ポケットに手を入れながら歩いていたが、バラの花を見るなり、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……けしからんな」
彼はそうぼやいた。何が彼の気分を害したのだろうか?
彼が見たバラの花は、赤の八重咲き。誰もが思い浮かべるようなステレオタイプなバラである。
続けて彼の口から言葉が漏れる。
「あるべき姿ではない」
家の庭や公園等に植えられている園芸品種のバラは、八重咲きのものが多く、一重のものは少数派である。
だが、野生のバラは基本的に一重であり、八重咲きはあくまで突然変異である。
八重咲きの方が見た目が豪奢になるからか、多くの人間が八重咲きを望んだのだろう。そして、八重咲きになるよう品種改良していったのだろう。
八重咲きで増えた花びらは、雄蕊が変化したものである。
だから、八重咲きの花の中には実がならないものもある。
品種改良だと?
生殖器がいびつな状態になり、種子による繁殖に支障をきたすことすらあるのに、これのどこが改良なのだろうか。
人の目を楽しませるために哀れにも人の手で奇形ともいえる姿に変えられてしまったバラ。
ならば、生きること、繁栄することを重視したバラを作り出してみせる。
彼はバラの花を見ながら、そんなことを考えていた。
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