3人が本棚に入れています
本棚に追加
命の秤
「だああああっ!」
気合一閃。腰を入れて、槍を突き出す。
空を切る音、それと同時にキラキラと舞い散る聖なる光。腕が痺れたが、構うことなく僕は再度槍を引き、腰を落とした。
「せえええええええええええやっ!」
びゅんっ!とさっきよりも良い音がする。突きを練習し始めて、既に一時間は経過している。流石に息が上がってきた。汗がだらだらと顔を、首を、背中を伝う。それでもやめるわけにはいかない。自分は一日でも早く、強くならなければならないのだから。
全ては聖なる槍に認められるため。
そして、悪魔狩りの資格を得るため。
「どりゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
腕には力が入っていたが、ずっと踏ん張っていた足が続かなかった。ずるり、と滑ったと思うと同時に地面が眼前に迫ってくる。気づけば額を強く打ち付け、火花が散っていた。昨日の夜、この森には雨が降っていたので、足元がぬかるんでいたのである。泥が口に入った。あまりのまずさに、ぺっぺ、と舌を突き出して喘ぐ僕。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
一度倒れてしまったら、もう力が入らなかった。仕方なくごろんと仰向けになり、空を見上げることにする。
今日は良い天気だ。水色の空に、もくもくと綿菓子のような雲が浮かんでいる。地元の町では、そろそろ祭りの時期だったかな、と思い出した。この森にやってきて数年、一度も帰れてはいないけれど。
ざわざわ、と森の木々が鳴く。少しだけ、雨の匂いがするような気がした。ひょっとしたらまた降りだすかもしれない。山の天気は変わりやすいものである。
「……相変わらず、体を虐める坊主じゃの」
耳になじんだしゃがれ声が聞こえた。顔に影が落ちる。逆光でよく見えないが、自分を覗き込んでいるのが誰であるかなど明らかだった。
悪魔狩りの師匠である、トロントである。齢八十三歳だが、まだまだ槍の腕前、体力は健在。かつて、伝説の悪魔狩りと呼ばれた人物だった。英雄トロント、なんて呼ばれることもある。彼の元に弟子入りできたことは、僕の人生にとって数少ない幸運だったと言えよう。
「そろそろ休んだらどうじゃ?水も飲まないのは体に良くない。熱中症になってはかなわんじゃろうに」
「……お気遣い、ありがとうございます」
差し出された手を握り、どうにか立ち上がる。彼が自分を心配してくれているのはわかっていた。それほどまでに、己が無茶な特訓を繰り返していることも。
わかってはいたが、止まるわけにはいかなかった。何故ならば。
「しかし僕はのんびりしている時間はないのです。……一刻も早く、母の仇を取りたいので」
僕の母は、悪魔に殺された。
あの日から僕の使命は、愛する人を殺した悪魔を根絶やしにすることになったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!