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まさかの救世主
稲垣が一歩、前に進み出ます。彩良はあわてて婦人をかばって立ちふさがります。稲垣は大きな拳を握りしめています。
「もう堪忍袋の緒が切れた」
稲垣が、彩良の理解不能な言葉を絶叫しています。まさか古代バビロニア語なのでしょうか? 彩良の困惑、そして迫る危険。そのときです。思いがけないことが起こったのです。
「君、いい加減にしたまえ」
よく通る声が車内に響きわたったのです。スーツ姿の落ち着いた雰囲気の男性が、彩良の横に立ちます。年齢は四十代でしょうか。
「何だと、バカヤロー」
稲垣が男に目を向け、次の瞬間、ハッとしたようにうつむきました。堂々とした態度に、とても勝ち目がないと悟ったのでしょうか。彩良は、きっとそうに違いないと思いました。
(この人、カッコいい)
稲垣は、あわてて座席の本をかき集めます。稲垣の唾液に濡れた『資本論』や『ヘーゲル哲学』をトートバッグに押し込んで、あわてて優先席から走り去っていきました。
隣の車両に移り、数分後に列車が青森駅に着くと、逃げるようにホームに飛び出していくのが見えました。
「ありがとうございます」
「いえ、あなたの勇気を見て何もしないのは、みちのく男子として恥ずかしいというものです。義を見てせざるは勇なきなり。しまった。また古い言葉を口にしてしまった」
「いいえ、あなたはみちのくのステキな男子だと思います」
彩良ったら、ありったけの笑顔を、その男性に向けました。青森県警の「夜叉」とは思えない豹変ぶりです。
「そう言ってくれるのはあなたくらいです。AIの仕事をしてるのに、一昔前の人間みたいだって言われてますよ」
「AI!」
世界が認める最新技術AIの仕事をしていると聞き、彩良の目が輝きました。
↓青森駅(フリー写真)
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