カミサマは今日も夜な夜な書き記す。

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半年が経ち、中学二年生に進級したあたしは、世間が大型連休に突入すると再びボクちゃんのもとを訪れた。体調は相変わらずだけど、あれから入院することもなく学校にも少しずつ通えている。 心境に少しの変化があって、ユキちゃんのことも整理がついて、穏やかな気持ちでボクちゃんを見上げた。もちろん、ユキちゃんの本は両手で大事に抱えてきた。 「ボクちゃん、久しぶり。紙様も、いる?」 あたしの声かけに、ふわりぷかぷか浮かぶ手乗りサイズの仙人みたいな紙様が姿を現した。手に持っていた本を見やると、ふうと息をついた。 「それは本当は誰にも見せてはいけないものなのじゃ。人が歩んできた道のりはその人だけのものだからのう」 「――うん。そうだよね。あたしもそんな気がして最初の方しか読めなかったもの。これはユキちゃんだけの、ユキちゃんの生きた証……。でも、それならどうしてこの本をあたしに?」 「あの子が、そう、望んだからじゃ。最期の瞬間あの子の脳裏に過ったのは家族のことと、それからおぬしのことじゃった。どうにかして元気づけたいと思っていたからのう。自分の生い立ちから夢を叶えた話しまで、おぬしと話して、病気と付き合いながらも夢や希望を捨てないでほしいと伝えたかったのかもしれんのう」 あたしはユキちゃんの本をもう一度抱きしめて、ありがとうとそっと呟いた。もう届かないけれど、どうしても言わずにはいられなかった。零れた涙を指ですくって深呼吸をする。 「――今日ここにきたのはね、この本を有るべき場所に戻さなきゃって思ったの。それから、ついでにボクちゃんと紙様に報告したいことがあって」 紙様はもともと細い目を更に細くして「ほう」と髭を撫でた。 「あたし、カウンセラーになりたい。あたしみたいに長く病気と生きていく人たちの負担を少しでも軽くしてあげたいの。ユキちゃんみたいにバリバリ働く看護師は無理だけど、でも、人を助ける仕事をしたい。――ねえ紙様。これって運命の分かれ道かな?」 自分のことを話すとなんだか小っ恥ずかしくて冗談めかして首を傾げてみる。紙様は表情を変えることなく口を開いた。 「よいか、前にも言ったが運命とは既に決められた一本道のことではない。運命とは――」 「――運命とは、自分で選んで歩み進めた後に振り返ると見える道のことじゃ、でしょ? 分かってる。でも時々あたしにできるかなって気持ちが揺れちゃって。この道を選んで失敗したらと思うと不安で足が竦むのよ」 まだ誰にも打ち明けていないこと。やはりここでは自分の気持ちが素直に流れ出すから不思議だ。 紙様はさわさわと揺れる新緑を見上げ、あたしもつられて天を仰いだ。 「タネが芽吹き、細い茎が空へと向かう。やがてこの老木のような大きく立派な幹となる。それがいわゆる人生の土台じゃ」 「土台……」 「うむ。土台から伸び、別れた枝がいわゆる運命の分かれ道。そしてその道は枝からやがて一枚の葉に行き着く。見よ。一本の木にたくさんの枝と、たくさんの葉が生い茂っておるじゃろう。その葉一枚一枚にもたくさんの葉脈がある。それに等しく道の選択肢も無数にあるのじゃ。おぬしの人生はまだまだ選択肢がたくさん待っておる。どこを選ぶかで人生はもちろん変わってくる。じゃが、選んだ道を外れたからといってそれは決して間違いや失敗ではなく、新たな道へ繋がっただけ。それもおぬしの大木の人生の中のひとつということじゃ」 ふと、病院のほ方からハッピーバースデーと歌う声が風にのってやってきた。 「良い香りの花が咲かなくとも、美味しい木の実が実らなくともよい。この老木のように、誰かの雨を凌ぐ手助けができればよい。日差しが強い日には木陰を作って、風に揺れる葉音で誰かを癒やすことができればよい。そう思って進めばよかろう」 つむじ風に乗ってふわりと空へ舞い上がった紙様はボクちゃんの葉に触れてからユキちゃんの本とともに姿を消した。 「紙様、ありがとう! あたし、頑張ってみる」 この、不思議な紙様との出会いも、絶対にあたしの運命のひとつだった。これら先の未来は見えなくて不安にもなるけど、出会えた人たちに感謝しながら人生が終わる時に振り返って最高人生だったと誇れる道を辿っていきたい。 その時はあたしだけの波瀾万丈で数奇な最高の運命の一冊をちゃんと書き上げてよね、紙様。 「ボクちゃん、また来るね」 足取り軽く踵を返す。 あたしの運命の物語はまだまだ始まったばかりのはずだから。
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