きみとずっと

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「一緒に食べない?」  昼休みになり、また水沢の肩を叩いてみた。仲村の誘いに水沢は驚きを隠さず、目を見開いた。ひとりが好きみたいだからだめかな、と仲村は内心ではあまり期待していない。 「あ、嫌なら無理しなくていいけど」 「嫌なんて言ってないだろ。いいよ」  淡々とした答えだがオーケーをもらえた。思わず口もとが緩む仲村に、水沢は心底不思議そうにしている。 「なにか楽しいか?」  不可解なものを見るように視線を向けてくるので、首を横に振る。 「楽しいんじゃなくて嬉しいの。水沢、いつもひとりで食べてるし、断られると思ったから」  水沢は「ふうん」とだけ言って椅子の向きを変えた。なんだか友だちみたいだ、とわくわくと胸が弾む。よく知らない水沢と仲良くなれているようなのも嬉しかった。 「いつ引っ越すの?」 「三学期から向こう」 「そっか」  三学期からだともうすぐだ。せっかく少し近づけたのに、と残念な気持ちが膨らむ。  水沢の答えは淡々としているけれど、冷たいのではなく、たぶん彼はこういう話し方なのだと思う。本当に冷たかったら答えてくれないはずだ。 「ねえ、せっかくだから連絡先交換しようよ」 「なんで?」  ただ思いついただけで特に理由がないので口ごもる。さすがに図々しかったかもしれない。 「ごめん。やっぱいい」  しゅんと肩を落とすと、水沢が笑い出した。声をあげて笑う姿をぽかんと見つめていると、水沢は目尻を指で拭い、涙が出るまで笑っている。 「どうしたの?」 「仲村、面白いな。思ってることが全部顔に出てる」  恥ずかしくて頬が熱くなる。水沢はそれさえ面白い、とまた涙を指で拭う。そこまで笑わなくてもいいのに。 「そんなに笑わないでよ!」 「無理、面白い」  お腹までかかえているので、よほどツボに入ったらしい。笑っている水沢を見ていたら、仲村も楽しくなってきた。笑われてもいいか、と気分が浮上する。笑われるのは癪だけれど、こんなに楽しそうにされたら怒れない。 「仲村ともっと早く話してみたかった」 「え?」  はあ、と息を吐いた水沢は、ようやく笑いが落ちついたようでパンを食べはじめるので、仲村もパンの袋を開ける。 「仲村となら友だちになれたかも」  少し潤んだ瞳を細めて微笑む表情がとても優しい。気持ちが穏やかになる笑顔だ。 「今からでもなろうよ」 「は?」 「いいじゃん。友だち」  響きだけでもわくわくと胸が弾む、不思議な単語だ。頬が緩む仲村と対照的に、水沢は表情を曇らせて眉をさげる。 「でも俺、転校するし」 「そんなの関係なくない?」  驚いたように目を見開いた水沢が、「そっか」とひとつ頷く。 「やっぱ連絡先交換しようよ。友だちになった記念に」 「記念ってなんだよ」  笑いながらも水沢がポケットからスマートフォンを出すので、仲村も取り出す。水沢のアカウントが追加され、なんだか感慨深い。 「あの水沢と連絡先交換しちゃった」  仲村の言葉に、水沢は片眉をあげる。 「『あの』ってなんだよ」  訝るので、仲村はわずかに首をかしげる。 「学校の王子様でしょ?」 「俺はそんなんじゃない」  苦虫を噛み潰したような顔をした水沢は、そう呼ばれるのが嫌なのかもしれない。仲村は一度でいいからそんなふうに呼ばれてみたい――絶対叶わぬ願いだと自分でわかるが。 「まあ、王子様だって人間だよね」  思ったことを言ったら、面食らった様子の水沢がまた笑い出した。こんなに笑う男だとは知らなかったので、仲村も驚く。  話してみると表情も豊かだし、きちんとした会話をしてくれる。見た目ではわからないことがあるものだな、と思わされる。 「ほんと、仲村って面白いな」  褒められているのかわからないが、相手が笑っているのは悪い気分ではない。 「でも俺、誰にでも話しかけるわけじゃないから」 「そうなのか?」 「うん。だって恥ずかしいじゃん」  水沢に話しかけたのも、クリスマス前の浮かれた気持ちがそのまま表れた行動なだけで、普段から気さくに誰とでも話すというわけではない。  仲村が説明すると、水沢は意外とでも言いたそうな顔をした。 「なに、楽しそう」 「まぜてよ」  仲村が普段仲良くしている友だちが近寄ってくる。水沢の笑い声で引き寄せられたのかもしれない。 「なんか盛りあがってたけど、なに話してたんだよ」 「ちょっとね」  水沢に視線を向けると、なんだか居心地が悪そうな表情をしてさっさとパンを食べ終え、前を向いてしまった。  声をかけていいかな、と窺っていると、椅子を立った水沢と目が合った。 「なに?」 「いや、一緒に帰ろうよって声かけてみようかなあ、なんて」  見ていたのがばれて少し恥ずかしいが勇気を出してみると、水沢は苦笑してから頷いてくれた。  ふたりで学校を出て、駅まで歩く。 「ごめん」 「え?」  突然の謝罪に驚く。隣の水沢に視線を向けると、困惑を表情にたたえている。 「俺、人が苦手で、仲村の友だちとちゃんと話さなかったから」 「そんなの謝らなくていいよ」  仲村が慌てて首を横に振ると、水沢はほっとしたように口もとを綻ばせた。もしかして、昼からずっと気にしていたのだろうか。 「あれ。じゃあなんで水沢は俺と話してくれるの?」 「あ……」  水沢は言われてはじめて気がついたようで、首をひねりながら「なんでだろう」と呟いている。 「仲村がいいやつだから?」  疑問形なのがおかしいけれど、仲村は自分で自分をいいやつだとは言い切れないので、曖昧に笑っておいた。水沢はまた首をかしげている。 「俺の友だちもいいやつだよ」  みんな優しくて気のいいやつだ。水沢も話してみたらきっと仲良くなれる。みんなも水沢がこんなふうに話しやすいのだと知ったら、仲村と同様に驚くに違いない。想像してみると少し楽しい。 「ふうん。でも俺は仲村だけでいい」 「じゃあ俺は水沢にとって特別かな?」  そう言ってもらえるのも嬉しくて、調子に乗ってみた。水沢は予想に反して神妙な顔で頷く。 「ああ、それがしっくりくる」 「え?」 「他の誰かに話しかけられてもこんなふうに話してるとは思えないから、たぶん俺は仲村を特別に感じてるんだ」  自分で言って自分で納得している水沢に、若干の照れくささを覚える。今日はじめて話したのに、いきなりそんなことを言ってくれるなんて思わなかった。言った水沢もわずかに頬を赤らめて、照れているようだ。 「深い意味はないからな」 「あったら困るよ」  ふたりで笑い合い、駅に向かって足を進めた。
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