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ベンチに座っておしゃべりをしていたら一時間も経っていた。
「お腹空いたね」
「そろそろ行くか」
ゆっくり歩いて公園をあとにして駅前に戻った。ふたりともお腹が鳴っているので、ファストフード店に入り、向かい合ってハンバーガーを食べながら水沢を見る。店内が暖かいからか、もう頬は赤くない。
「水沢ってどうしていつもひとりでいるの?」
「面倒だから」
「それだけ?」
「それだけ」
あっさりとした答えが真実なのだろう。水沢はまっすぐに仲村の目を見る。
「でも仲村は――」
「なに?」
真剣な瞳を向けられ、緊張する。
「……仲村は……」
言いながら言葉を探しているようで、水沢は視線を彷徨わせている。続く言葉がなにか気になったが、水沢は軽く頭を振って「なんでもない」と終わらせた。
「……転校したくないな」
唇を結んでいた水沢がぽつりと呟く。その声がはっきりと耳に届き、仲村はわずかに目を伏せた。
「そうだね。寂しい」
会話が途切れ、ハンバーガーを食べ終えたら声をかけ合うでもなく、同時に立ちあがった。しんみりした空気のまま店を出る。
「もっと早く仲村と友だちになりたかった」
「俺も、水沢にもっと早く声かけてればよかった」
自然と足もとに視線が落ちる。どうして一昨日までなにも声をかけなかったのだろう。席は前後なのだから、いくらでも話しかける時間もきっかけもあったはずだ。
「あそこ、行こう」
「うん」
水沢が近くの商業ビルを指さすので、頷いてそちらに向かった。
いろいろと見て歩き、特別な会話がなくても楽しいことに気がつく。水沢の持つ空気がそうさせるのか、一緒に歩いているだけで気持ちが穏やかになる。
「あ、駄菓子屋さんだ」
ビル内に駄菓子屋を見つけて入る。カラフルな駄菓子が並んでいて、見ているだけでわくわくする。見たことのあるものから、なんだかよくわからないものまで、さまざまな駄菓子が店内の棚に並ぶ。
「あ、これおいしいよね。俺好き」
丸く塊のようになっている明るい色の水あめに、プラスチックの棒が二本刺さっているものを見つけて、よく食べたなあ、と懐かしく思う。ものすごく甘くて口の中で溶けていくのが気に入っていた。
「俺も好きだな」
「だよね」
意見が合って嬉しくて顔をあげると、水沢は水あめではなく仲村を見ていた。いつから見られていたのか、恥ずかしくて頬が火照った。
「な、なんで俺見てるの?」
「楽しそうだなと思って」
「うん。楽しい。水沢は楽しくない?」
問いかけると、水沢は軽く目を瞠り、視線を斜め下に落とした。
「楽しい。……うん。楽しい」
自分で言って自分で納得しているような言葉に首をかしげる。水沢は口を開いて、五秒ほどそのまま動きを止めた。
「どうしたの?」
「――なんでもない」
開いた口は閉じられ、かわりに優しい微笑みを向けられた。男同士でもどきりとするような綺麗な笑顔で、なぜかまた頬がぽうっと熱くなった。
商業ビル内をひと通り見てまわり、そろそろ帰ろうか、と駅に向かった。乗る電車のホームが逆なので改札を入って別れようとしたら、水沢がなにか言いたそうに視線を向けてきた。
「さっきからどうしたの?」
「あのさ、嫌だったらそう言ってくれていいんだけど」
「うん?」
「手、握ってみていい?」
手?
唐突な言葉に首をかしげる仲村に、水沢は真剣な瞳を向けたままだ。
「ちょっとだけ、ぎゅって」
「別にいいけど、握ってどうするの?」
「なんかそうしてみたいだけ」
「ふうん。いいよ」
手を差し出すと、水沢はその手を取った。まるで壊れものに触れるかのように優しい手つきできゅっと力を込められ、気恥ずかしくなった。
水沢は言葉どおり、ぎゅっと一度手を握ってすぐに離した。
「ありがとう」
俯いた水沢が背を向け、早足でホームに行ってしまう。その背を見ていたら、相手がわずかに顔をこちらに向けた。ちらりと見えた耳が赤くなっていて、寒いのかな、と心配になった。
日曜日はごろごろしてすごした。
「……」
なんとなく自分の手を見る。まだ水沢に握られた感覚が残っている。冷たい外気にさらされていた大きくて厚い手のひらは、ひんやりとしていた。
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