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「では老木の中で出会ったその瞬間を思い出してみろ。優秀な君ならわかるだろう?」
HEの言葉に志弥はますます混乱しながらも、心の奥底にかすかな引っかかりを感じた。自分のことを「優秀な君なら」と言った。確かに志弥は小学校から中学、高校と成績は優秀でいつも上位だった。学生時代のやつか?だが、立ち上げた会社を一人前の企業に押し上げた実績も優秀と言えるのではないか。やつの正体を暴く手掛かりにはならない。それに「老木の中」うんたらと言っていたが、それが何なのか、何の意味があるのかは全くわからない。
「覚えていないのか?」
とHEは嘲るような声色で尋ねる。その冷笑に苛立ちながら、志弥は記憶を掘り起こそうと必死で頭を巡らせるが、断片的なイメージすら浮かんでこなかった。HEはさらに続けた。
「ならば、次はこれだ。血が滴る悠久の流れ、だ。さぁ思い出せ」
HEの声には冷たい響きがあり、志弥は無意識に身を強ばらせた。
「血が滴る悠久の流れ……?」
血が滴る?ケガ?そんな場面を必死で脳内検索したものの、具体的な記憶は浮かばない。
「そんなもの、知らん……」
と、志弥は自分に言い聞かせるように呟いた。
その時、HEはまるで志弥の心を見透かすかのように低く囁いた。
「お前の奥底には必ず残っている筈だ。思い出すことを拒むその恐れを、克服することができるか?」
血が滴るような出来事が自分の中で何か起きたのか、それが未解決のまま放置された事件か何かで、この男はそのことで腹を立てているというのか。
考え込む志弥の様子を見てHEは不満げに苦笑し、最後のヒントを与えた。
「『約束』を覚えているか?」
約束?この男と自分は、いつかどこかで何かの約束を交わし、その不履行があったのか?仮にそうだとして、それが何だったのか、なぜそんな約束をしたのかはわからなかったが、HEが何者かという疑念が少しずつ形を成し始めた。
志弥の表情を見つめるHEは、不敵な笑みを浮かべた。
「思い出したか?約束が、お前をここに繋ぎ止めてる理由でもある。思い出した筈だ」
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