HE

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「いや、わからない。だいたいさっきから何だ?老木の中だとか、血が滴る悠久の流れだとか。いい加減に正体を明かして何が言いたいのかはっきりさせたらどうなんだ⁉」  この回答に監禁者の心象を著しく害したようで、HEは冷たい視線を志弥に送った。「貴様……」と小さく呟くその口調は、自分が支配者であり、志弥は自らの答えを見つけるための道具に過ぎないかのようだった。HEの不満がじわじわと態度に現れ、そして言葉に表れる。 「お前は本当にわかっていないのか!!」 と、HEが声を荒げたその瞬間、彼の表情が一変した。目から冷徹な笑みが消え、目の奥に燃え盛る怒りが見える。志弥は「待て!」と叫ぼうとしたが、言葉は口の中でつかえた。 突如、HEの拳が空を切り、志弥の頬に数発叩きつけられる。激しい痛みが横頬を貫き、志弥は思わず目を閉じた。頬の衝撃を伝って痛みが耳の奥まで響く。言葉を失った彼の思考は、一瞬、真っ白になり、何も考えられなくなって目を閉じる。周囲の音が遠のき、HEの冷酷な笑みが脳裏に焼きつく。 「お前は、何だ」 とHEは機械的な怒声を上げたが、その声は遠くから聞こえるような気がしていた。痛みが全身に広がっていく。それと同時にある考えが志弥の脳裏をよぎった。さっきから訳のわからない謎なぞめいたことを言っているが、こいつはただの狂人で、実はあのヒントらしきものに何も意味はないのではないか。俺が懸命にありもしない記憶を辿ろうと焦る様子を見て愉しんでいるだけの、タチの悪い狂った犯罪者なのではないか。ただ、どうやら俺のことを少なくとも知ってはいるらしいことが気になるが。 目を開けると、HEの視線が自分を鋭く突き刺している。HEが何を求めているのか理解しようと必死だった。だが、目の前の現実はただの暴力に過ぎず、志弥の意志を砕いた。 殴打を繰り返したHEは息を整え、志弥に向き直った。目の前の男の表情は仮面の下で揺れ動き、かすかにその心の内を示すかのように見える。HEの声は少しずつ落ち着きを取り戻し、今までの怒りの感情を鎮めるかのように響いた。
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