亡命者の国

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亡命者の国

 カミユリは腹心の友を連れ、旅に出ることにした。最小限の荷物と動きやすい服装。民の払った税金をつぎ込みたくなかったカミユリは自分の足で周囲を見ながら移動することを選んだ。目的は亡命者の国と呼ばれている集落。  大停電の被災時、物資を差し入てくれた集団が今や久しく見ない(ほが)らかな笑顔であったと聞いたことがきっかけ。それがかつての国民と判明し、カミユリは立て直しの策が浮かぶやもしれないと行動を起こした。  「王様」  「今はほぼプライベートだ」  「カミユリ」  「おう」  「一戸隊連れて来なくて良かったのか?」  「……今訪ねようとしているのは、かつての国民。国に見切りをつけた人間ともいえるだろう。神経を逆撫でしたくないし、するつもりもない」  「そういうところ好きだぜ、カミユリ。でも、忘れるなよ。お前はキロクナ王なんだ」  「お前がいれば大抵の危険は退けられる。そうだろう? シノギ」  さらりと信頼を示され、並んで歩いていた金混じりの茶髪の青年は肩を(すく)めた。緑色の吊り目は笑うと途端に温かい印象に変わる。  「あ、端末消えた」  「電波の範囲から外れたということか……」  2人の顔に不安が(よぎ)る。ここからは自分達の体一つで行かなければならない。それでも端末を大事そうにリュックにしまい歩みを再開する。方角さえ見失わなければ着くはずだ。3日間休みながら歩き続けたところで水が尽きた。  「大ピンチだな……」  「カミユリ、笑えないぞ」  水分不足と疲労で痛む頭を抱えて2人が動けずにいると、突然空が(かげ)り、緩衝材(かんしょうざい)に包まれた水筒が2つ、降ってきた。驚いて空を見あげれば白い翼と人の影。  「知らせてくるから、とりあえずお水飲んでいてください!」  年若い声だった。カミユリもシノギも一瞬警戒はしたが(かわ)きには勝てない。夢中で水を飲みほした。ぷはっと息を吐いて2人は顔を見合わせて笑う。助かった。なんておいしい水なんだ。生き返った心地で休んでいると車が近付いてくるのが見えた。  「無事かー?」  「水をもらったおかげで無事だ! 助けに感謝する!」  運転してきたクマ親父は2人の姿を見て、しばし首を傾げ、たっぷり3分の沈黙の後大声で叫んだ。  「王様と側近筆頭のシノギ様!?」  2人は慌てて害意はないと両手をあげて説得する。隠すことなく助けてほしいと伝え頭を下げた。クマ親父はようやく落ち着き向き合ってくれた。  「私はテグツナ。覚えておられないでしょうが情報局に勤めていたツウナの夫です」  「! ツウナは……元気か? たくさん情報を集めてもらったんだ。夫ということは……研究が趣味の?」  「覚えて、おられるんですか……ツウナは元気です。一緒に研究をしています」  「そうか! 元気か!」  心から嬉しそうに笑うカミユリを見てテグツナは目を細めた。集落に案内すると車に乗るよう示した。シノギはまじまじと車を見つめる。緑色の葉っぱが描かれた白い車だ。  「これは、デジタルオートカーではないな?」  「これは研究仲間が作った通称、クリーンカーです。まだデータを取っている最中ですが、二酸化炭素を酸素に変えて放出するエネルギーで稼働しています。空気を汚すガスを出さない車です」  「そんなものが!?」  「色々作っていますよ。王様達を見つけたのは風を利用して空を巡回する……動力源はなく、風を読める者だけが飛べる限られた手段ですがより風をつかみやすい素材を研究しています」  「水は?」  「水は旧式ですが濾過装置を使って主に雨水を」  2人は目を丸くしたまま言葉を失った。認めたくはないが王国よりも活気があり、失われた技術が進化していることは間違いない。カミユリは興奮に震える声で問いかけた。  「集落に名前はあるのか?」  「リサーチャーパラダイス、研究、実験し放題、停電しても怖くない楽園です」  テグツナは誇らしげに笑った。ああ、眩しいな。カミユリは痛んだ胸を押さえて笑い返す。シノギも複雑そうな顔をしていた。数十分で集落に着いた。家も研究中なのか様々な素材で建てられているように見える。子ども達が駆けまわって遊んでいる。誰もが生き生きとした目をしているのが印象的だ。  「ようこそ、リサーチャーパラダイスへ」  2人は信じられない気持ちで集落を見渡す。小さいがこれは国といっても差し支えない。これじゃデジタルに警鐘を鳴らしていた彼らこそが間違っていなかったことになる。情けなさと悔しさにカミユリは目を伏せた。(なぐ)めるようにシノギが肩を叩く。
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