氷結の都と復元された本

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 「ツウナ、か?」  覚えている姿より年は取っていたが利発な印象は変わらない。慌てて頭を下げようとするのを止める。再会の喜びと訪ねた用向きを伝えるとツウナは嬉しそうに笑って求めに応じて国を出た経緯(けいい)を話してくれた。  「私達は国が嫌いで出て行ったんじゃないのですよ。上司には何度も伝えたのですが、体調を崩してデジタルを扱えなくなる人が増加傾向にありました。どういうことかと思っていたら私も」  ツウナは苦笑する。寝耳に水の話にカミユリは絶句し、シノギは(うな)った。  「もしかして退職者が増えたあれは……」  「デジタル環境を体が拒否した者達が多いと思います。シノギ様は調査をしようとなさいましたね」  「ああ、だが……国外に出て行方不明と聞かされて……まさか」  ツウナ達は目を伏せて頷いた。  「環境適応できない者はキロクナ王国にいる資格はないと変わらず仕事に従事するように迫られました。無理をしたら体に負担がかかり、休もうとすれば圧力がかかる……私達は生きるために国を出るしかなかったのです」  愕然(がくぜん)とするカミユリとシノギ。シノギが謝罪しようとするよりも早くカミユリが深く頭を下げた。  「すまない!」  「カミユリ様!?」  「知らなかった……気付きもしなかった……謝っても何の足しにもならないだろうが心から謝罪する。ひどい目に遭わせて申し訳なかった」  シノギも併せて頭を下げる。ツウナ達は慌てふためいたがなかなか顔を上げない様子を見て思案し、ふっと微笑った。  「カミユリ様、シノギ様、私の宝物を見せて差し上げます」  「?」  誘うように歩き出したツウナを困惑しながらも追う。一件の平屋に招かれテーブルとセットの椅子に座るよう示される。居心地の良い部屋だ。適度に光が入り、調度品も気に入って選んでいるのが伝わってくる。色合いが優しく気が緩むようだ。  布を貼った宝箱を手にツウナが戻って来た。大切そうに開けると布で包まれた何かがある。柔らかい布を(めく)るとそこには草色の布張りの本が一冊。  「本……?」  「えぇ、これは私の曾祖母(そうそぼ)が失くしてしまったと悔やんでいた本を私の娘と孫が復元してくれたのです」  「本を作る技術が?」  「はい。本はデジタルより目が疲れないのでゆっくりと楽しめます。何より手にしていることが幸せです」  「どんな話か聞いても?」  「曾祖母の幼い頃に冒険家だったおじい様がお土産にくれたものと聞いています。かつてデジタルが加速する前に世界には一部魔法が生きていたそうです。その都は世界最大の図書施設があって、とても栄えていました。ですが……デジタル技術を至上と考える人達が本を邪魔なものとみなし燃やし尽くそうと進軍した」  「!」  「……本を愛していた人々は命を投げ出して魔法を使って都を凍結するに至らせた。彼らは本を守ったのです。氷結から逃れた子どもが氷結の都サンドリアを見守りながら故郷を忘れないために、惨劇(さんげき)が繰り返されないことを祈って本を書きました。ちょうど死の床につくところだったところ、おじい様が訪ね、本を守ると誓って譲り受けた……私は幼い頃から何度もその話を聞いていました」  大切にしていたのに失われた本。悲しく美しい物語。それはいつしか本への(あこが)れに。国を出たお陰で夢がかなったとツウナは笑う。だから謝らなくて良いと。  「カミユリ様、その本のタイトルを見てください」  テグツナに示されてそっと目を近付ける。古語が混ざっているが何とか読めた。  『王様へ』  目を瞬かせた。同時に湧きあがってくる思い。この本を読みたい。だが、この本はツウナの大切な宝物だ。ツウナが深く微笑んだ。  「この本は、王様へと書かれていますでしょう? だから、王様に読んでもらうことまでが遠い昔の、おそらくは未だに凍ったままの都サンドリアに生きた人の願いなのではないかと思うのですよ。王様を待つ本が、王様を呼んだとするなら運命というのかもしれませんわ」  カミユリは感慨深く本を見つめた。不思議と否定する気になれなかった。  「運命の本、か……読み終わるまで逗留(とうりゅう)しても良いだろうか? ツウナの宝物を持ち出すわけにはいかんだろう」  「ありがとうございます。ゆっくりとお読みくださいませ」  カミユリが本を読む間、シノギは乗り物を借りてキロクナ王国を行ったり来たり。結果的に良かったかもしれないが勝手な真似をして民を追放した(やから)を罰するため。同時にデジタル偏り過ぎた状況を変えるべく画策する。シノギには確信があった。本を読み終えたカミユリは今まで以上の名君となると。世界はきっと(よみがえ)る。その先駆けはキロクナ王国。本を取り戻した国の歴史が始まる。
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