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三歳の誕生日、僕は祖父から一冊の絵本をプレゼントされた。
当時の僕には文章を読むことはまだ難しかったから、両親に読み聞かせてもらった。家には他にも絵本があったけれど、その本を読んでもらう頻度が高かったことを覚えている。小さな僕は余程その絵本が気に入ったのか、毎日のように就寝前に読めと両親にせがんだらしい。クマとか、ウサギとか、動物が主役のかわいらしいお話だった。
たくさん、たくさん読んだ。
そうして、いつの間にか絵本は本棚の片隅に静かに置かれることになった。
僕の手元には漫画とか、小説とか、それに参考書とかが増えた。絵本を手に取ることはほとんどなくなって、多くが家族共用の本棚に入ったまま埃を被っている。けれど、祖父にもらった一冊だけは僕の部屋に置いていた。それでも、もう何年も表紙を開いていない。
大学二年生のある日、ゼミの仲間と他愛もない話をしていた時に流れで子供の頃の話になった。あのアニメが好きだったとか、今も好きだとか、あのキャラクターのぬいぐるみを持っていたとか、あの時からずっとイヌが好きだとか。そこで、僕は絵本の話をした。すると一人の仲間が食いついて来た。自分もその絵本を知っていると、彼は言う。
それ、書いたの俺の親戚なんだ。
彼の言葉に僕は言葉を失ってしまった。講義が全部終わってから急いで帰宅して、本棚で眠りについていた絵本を手に取った。表紙を開いて、あの頃は読めなかった文字を目で追った。
何年経っても、面白かった。子供の頃の感性なんて失くしてしまったと思っていたけれど、あの絵本は大学生になっても面白かった。
やっぱり僕は、この絵本が好きだ。
ゼミの仲間に多少無理を言って、作者と会う機会を得た。面接会場に向かうような気分で酷く緊張したけれど、肩から提げたトートバッグに絵本が入っているのを思うと笑顔になれた。会えるのだ、これを書いた人に。
あれはとても有意義な時間だった。
どれだけ絵本が好きなのか、僕は力説した。作者の女性は少し照れ臭そうに僕の話に耳を傾けていた。そして、彼女はあの絵本に込めた思いや絵本作家の仕事について話をしてくれた。僕は彼女の話を、小さな子供が身を乗り出すようにして聞いた。絵本をしまい込んでいたのがもったいないと思った。もっと、あの絵本を好きになった気がした。
時々、絵本を読むようになった。
これは素敵な体験だ。小さな頃は楽しいし、大きくなっても楽しい。こんな体験ができる出会いを、みんなにもしてほしい。そう思うようになった。
大学四年生の夏。今日。僕はとある出版社を訪れていた。就活生の僕はここへ面接を受けにやって来た。絵本に書かれていたのと同じ会社の名前が掲げられている。
「頑張ろう」
まだまだ新品の黒い鞄に、そっと絵本を忍ばせていた。鞄越しに表紙を撫でて、僕は一歩踏み出す。
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