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1.夜の海のような青い目
まわりの大人たちは、あのひとを俺の姉だと言ったけれど、俺にはちがうもののように思えた。
あのひとは、いつも俺のしるべだった。
俺の前を歩き、行き先を照らし、知恵と知識を教えてくれた。
俺とあのひとは、幼いころから一緒にいた。
三つしか歳が離れていないはずなのに、あのひとのほうが学問も体術も俺よりずっとすぐれていた。
追いつきたくて、一心にその背中を目指した。
あのひとは銀色の髪を肩まで伸ばしていた。
夜の海のような深みのある紫がかった青い目で、あとを追う俺の姿を見て微笑んでいた。
俺の髪は褐色混じりの短い黒色で、銀色とはほど遠かった。ただ、目は翠色だった。少しだけ、あのひとに近くなった気がしていた。
俺とあのひとが育ったのは、海の近くの小さな集落だった。秋には棚田に稲が多く実る。
そこには古くから続くならわしがある。
七十年に一度、「人の世の運命を変える」という書物を探して旅立つための、身寄りのない子どもをどこか別の土地から何人か拾ってくる。
旅に耐えられるだけの学問を教え、体を鍛えさせ、十二歳の成人の儀まで育てる。そして旅に送り出す。
書物を持ち帰ることが目的ではなく、戻ったものはだれもいない。
「十二歳」は集落に来てからの時間であって、拾われた子どもたちの実際の年齢は、一歳から五歳くらいまでらしかった。
俺とあのひとは、そうして育てられた。
ほかにあと二人いたけれど、土地の気候と体質が合わなかった。数年で病気がちになり、離れた別の集落に養子に出された。そこで元気に暮らしているという。
俺は実際には、十三歳になっていた。
背丈は頭一つ分、あのひとより低かった。
あのひとと二人で、成人の儀にのぞんだ。
成人の儀は真夜中におこなわれた。
声を発してはいけない。
集落のはずれの広場に一つのかがり火がたかれる。
一人の大人が横笛を吹く。その曲の調べで、なにをするべきかを指示される。
音色は細く、軽やかだった。
もう一人の大人の前で、地面にひざまずく。
飾り石のついたひもを首にかけられる。
立ち上がり、一礼する。
かがり火から分けられた、火のついた松明を受け取り、集落の外へ出る。
そこから旅立つ。
風に吹かれたみずみずしい稲穂が波立つ音が聞こえる、秋の日だった。
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