See you next week

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 放課後に祖父の家へ行くと、居間の入口に見慣れないダンボール箱がひとつ置いてある。たしか、まえに来たときにはなかったはずだ。 「おじいちゃん。これってぜんぶ本?」  台所で茶筒のふたを開けていた祖父が、ちらっとぼくのほうを見た。 「そうだ。昨日ちょっと倉庫を整理しようと思ってな。なんか目ぼしいのがあるんなら、持ってっていいぞ」  ぼくは廊下に腰をおろして、なかをあける。そこには、祖父が若いころから集めてきた本たちが、所せましとはいっている。だいたいは年季のはいった大昔の文庫本だけど、なかには最近の物もまじっている。 「捨てちゃうの」 「あぁ、たぶんもう読まないからな」  祖父は電気ケトルを持ちあげて、急須にお湯をそそいでいる。  ぼくはダンボールのなかから気になった一冊を手にとる。数年前に出版されたわりと新しめの海外ミステリーだ。ぼくは結末を見ないように目をほそめて、最後のページをひらく。  そこには「茂夫」という祖父直筆の世間的に価値の薄すぎるサインと、ふたつ折りにされた小さな紙が挟まっている。  祖父は昔からの習慣で、読みおわった本に必ず自分なりの短い「解説」を書くのだ。そして、それをこうして本の最後のページに挟んでおく。 「翔太、茶がはいったぞ。来い」  祖父がお盆に湯呑とお茶菓子をのせて、座卓へとはこんでいた。  ぼくはいったん本をとじて和室にはいり、祖父のまえに腰をおろす。祖母が留守にしている今日みたいな日は、ふたりでお茶をのみながら、夕方まで最近読んだ本の話しをする。中学校にはいってから半年くらいたつけど、まわりではなかなかそういう話をしてくれる友人がいないので、ぼくはこの時間がわりとすきなんだ。 「あれ、それは?」  目のまえの祖父から見て左側の座卓の角に、古い文庫本が一冊おいてある。たぶん、あのダンボールのなかに、一緒にはいっているべきなのだろう。 「あぁこれか……」と、祖父はぼくのまえに湯呑を置きながら、すこし考え込むような表情で言った。「なんとなく、捨てづらくてな」 「捨てづらいって?」 「いや、おまえに話すようなことじゃないんだけどな」  ぼくは、「そうなんだ」と言ってからその古い文庫本に手を伸ばす。  それは、日本人なら必ず名前ぐらいはきいたことのある文豪の小説で、いまでも書店にいけば、たいていのところにおいてある有名な作品だった。  ページをひらいてみると、もちろん日本語で書かれているけれど、「う」が「ふ」になっていたり、ちいさい「つ」のはずなのにおおきい「つ」のままだったりして、すこし読みずらい。それに、ページをめくるたびに外側につけられた薄い透明なカバーが、ぱりぱりと音をたてている。  祖父は、お盆にのったおせんべいを一枚とって、ぼりぼりかじりながら、ぼくの真後ろにある掃き出し窓から、外を眺めている。空は晴れていて、十一月のかろやかな風が、心地よく、ぼくと祖父のあいだを通りぬけていく。 「ずいぶん、むかしのことなんだけどな」と、おせんべいを片手に持って、視線をななめに落としながら、祖父が言った。  たしか、さっきはぼくに話すことじゃないって言っていたけど、どうやら気が変わったらしい。祖父はおせんべいをすべて口にいれてから、ティッシュで口元を拭い、お茶をひと口すすると、また話しだした。 「その本はな……ひとから借りてるものなんだ」  借りているといっても、こんな古い本をいつ、だれに借りるんだろう。 「だれに借りたの?」 「おまえの……知らないひとなんだけどな」  そりゃそうだよと思ったけど、ぼくはわざわざ言わなかった。  祖父は座卓に右ひじをついて、とても重要なことを思い出すように目をとじると、大昔に知りあった、ある女の子について話しだした。
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