たぶん、あれは天使だと思う

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 二人が家を出て行った後、重い足を引きずりながらリョウの部屋の中に入る。いつものリョウの衣服の匂いが漂った中に、女の子の甘い香りも微かに残っていた。  ここで二人、一体何をしていたのだろうか。いや、することは決まっている。健康な男子高校生だ。  ベッドから離れた床に座り、辺りを見渡してしまう。眺めた限りはいつもどおりだった。PC、ゲーム機器類、ベッドの上の毛布、机の上、ティッシュの位置さえもいつもどおり。  リョウの部屋のことをこんなにも覚えている自分に、まず驚いた。気持ち悪いとさえ思い、とてもじゃないがリョウには言えない。リョウの匂いでいっぱいな彼の部屋が好きだった。  今日は女の子の甘い香りが邪魔をして、頭痛と耳鳴りがする。それが波紋のように頭中に広がり、隅々まで響いて、ズキズキときしんで痛い。 「お待たせ!」  リョウが戻ってきたので、学校の配布物を手渡した。 「ごめんな、せっかく来てくれたのに一人にして」 「いや、全然いいよ……彼女?」  自然に尋ねる。尋ねない方が逆にあやしまれるだろう。 「違う違う。ミナリの友達。最近相談に乗っててさ」  リョウの口調から嘘をついている感じには見えなかった。 「相談?」 「うん。学校に行きたくないんだって。それでオレも学校とかどうでもいいタイプだから、話を聞いてあげてたんだ」 「三日間も?」 「そう」  三日間も話を聞くとかありえることだろうか。男女二人きりで三日間も?好き合ってもない二人が?到底信じられなかった。 「リョウはあの子のことが好きなの?」 「好きとかそういうのじゃなくて、ミナリの友達だから大切にはしてるよ」 「あの子はリョウのこと好きなのかな」 「どうかな。嫌いな人に相談はしないと思うし、二人きりにもならないと思うけど。いや、基本的にオレの部屋ではないからな?たまたまさっきは部屋にいたけど、リビングにいてもらうようにしてるから」  少し慌て始めたリョウはかわいかったが、少しも気分は晴れなかった。 「じゃあ、来週も彼女と一緒にいて学校に来ないつもり?」  今日はもう週末だった。 「来週は行くよ。彼女は一人で家にいてもらってもいいかなって思ってる。最初は色々心配だったから一緒にいたけどな。話した感じ大丈夫そう。プライバシーあるし、陽南汰にも詳しく説明できなくて悪かった」 「それはいいけど……学校には来いよ?」 「行くよ。卒業しないと大学行けないし」  あの成績の良さだ、やはり大学には行く予定なのだとわかり安心した。 「東大?」 「まあ、そうだな。それ以外はない」  茶髪ピアスの強面が得意げに笑ってみせたので、陽南汰もつられて笑った。 「彼女かと思った?」 「思った」 「彼女はいないよ。オレみたいな怖そうなやつに彼女はできないだろ」  リョウはさもおかしそうに笑うが、全然おかしくなんかない。頭がいい上に綺麗な容姿、一見怖そうだが甘い眼差し、彼女なんか一瞬でできてしまう。阿呆なのか、こいつは。  ミナリの友達だって、きっともう、リョウに惚れている。 「……いや、どっちでもいいけど、学校に来なくなるんじゃないかと思って、それが怖かった」 「怖かったの?」 「怖かったよ。寂しいし」  リョウはうれしそうな照れ笑いを浮かべた。 「また来なくなったら、今日みたいに押しかけるからな」 「また来てくれんの」 「学校来なくなったらな。お前、学校に執着ないじゃん」 「まあ、ね。でも陽南汰が迎えに来てくれるならまた休めるな」 「いや、来いよ」  陽南汰はリョウの額を小突いた。 「行くって。陽南汰は学校に執着あるんだな」  そう言われてしばらく考え込んでしまう。学校に執着があるのだろうか。  どちらかといえば最近は、リョウに執着があるような気がした。リョウを見るとほっとするし、安心する。横顔のスッキリした顎ラインが綺麗だなと思うし、正面から見た笑顔はたまらなく愛おしい。 「お前よりはな。だから学校休むたびに迎えに来るから」  リョウは満面の笑みを見せた。女神が存在するなら、きっとリョウみたいな容姿をしているのだと思う。  神々しい耀きが眩しくて、誰からも愛される愛おしさが溢れている。ただ側にいるだけで、温かい気持ちになれる。  でもやっぱり全然違うのかもしれない。リョウは男で、生まれたときからずっと性別は男性だった。  ということは、たぶん、彼は天使なんじゃないかと思った。 (了)
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