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「……ミチさん、僕、やっぱりミチさんが好きです。やっぱり、死神になりたい」  部屋へと戻る途中、ミチの手を見つめながら千沙樹はそう告げた。  安全だからここに居ろといわれた部屋にシマが来て襲われそうになった時は、ミチにもう要らないと言われたようで辛かったけれど、助けに来てくれて、必要ないわけじゃないと知れた。シマも教え子だと言うなら、死神を増やすことに抵抗はないのだろう。だったらどうして死神にすることすら拒むのか、理由が知りたかった。  突然の言葉に戸惑ったのだろう。ミチはしばらく黙ったまま歩き、それから小さく息を吐いた。 「その言葉は嬉しい。でも、多分千沙樹のその気持ちは吊り橋効果的なもので、恋愛ではないと思うし、おれなんかに惚れてもいいことなんか一つもない」  まっすぐ前を見たままミチが言葉にする。その言葉はどれもが千沙樹の胸に鋭く刺さったが、それでも千沙樹は、違う、と首を振った。 「そりゃ、僕は生きてるうちに恋愛なんてしてこなかったです。でも、好きだって気持ちくらい分かります。それに、ミチさんを好きだと気づいてからどんな時間もかけがえないものになってるんです」  ミチとこうして手を繋ぐ時はもちろん、仕事中のミチを見ている時も、ミチを待つ間も、ミチを思って涙を流した時間ですら愛しい。こんな気持ちは恋以外にないと思う。 「……それで、おれが千沙樹の気持ちを受け入れたらどうするつもりだ?」 「もちろん、死神になります」  そうすればミチの傍に居られる。今の曖昧な存在はあと三日ほどしかないけれど、死神になればもっとずっと、永遠にだってミチと居られるはずなのだ。  だったら千沙樹が選ぶことなど、たった一つだ。 「……千沙樹には向いてないよ、この仕事。そもそも千沙樹は、天国に行くはずだったんだ。望めば何にだって転生できる権利を持ってるんだよ。御曹司に生まれたいとか、別の国の王女にだってなれるんだ。今の記憶も全て捨てて、幸せな人生を選べるんだよ」  ミチがぎゅっと千沙樹の手を強く握る。千沙樹が黙っていると、だから、とミチが言葉を繋いだ。 「おれのことなんか忘れて、次の人生に行くんだ」 「忘れるなんて……」  嫌だと思った。  ミチのことを忘れるなんてできないし、来世がどんなに明るいものだったとしても、今の千沙樹がそれを望んでいない。  ミチの言いたいことは分かる。ミチたち死神の生活は大変だと思うし、終わりもない。千沙樹にそんな毎日は耐えられないだろうとミチは思っているのだろう。  それでも―― 「僕は、ミチさんの傍がいいです」 「……まだ時間はあるから、考え直せ。そんなことを言ってたらちゃんと送ってやれない」  ミチが部屋の前で呟く。  考え直すなんてことはしないけれど、千沙樹はまだ猶予があるのだと分かり頷いた。  それを見てミチが部屋へと入る。  千沙樹が逃げる時にテーブルを蹴り倒したけれど、他には特に変わったところはなかった。あの死神も特に触らなかったらしい。  千沙樹はほっとしたが、ミチはキッチンの前でぴたりと立ち止まってしまった。 「ミチさん……?」  キッチンには、中途半端な料理の残骸があった。そういえばオムライスを作っていてあの死神に襲われたのだ。 「これ、は?」 「すみません……何か作ってミチさんを待っていたいと思って……すぐ片づけます」  途中までしか炒めていないケチャップライスは少し乾燥していて、溶いたままの卵も置きっぱなしになっている。短い時間とはいえ、中途半端に放置されているそれは、もう食べても美味しくないはずだ。 「いや、そのまま作ってくれ」 「え? でも、きっとご飯硬いですよ?」 「それでもいい」  ミチがテーブルを元の位置に戻し、カウチソファに腰を下ろす。千沙樹はその様子を見てから、キッチンに移動した。  きっともったいないから食べると言ってくれているのだろう。別に千沙樹の料理が食べたいわけではないだろうし、ここまで作った千沙樹を労う意味もないはずだ。  それでも、食べてくれると思ったら嬉しかった。 「……ありがとうございます、ミチさん」  ミチはその言葉に何の反応も示さなかったけれど、千沙樹が作ったオムライスは残さず食べてくれた。それがただ嬉しかった。
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