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7
翌日、千沙樹が起きるとミチは出掛けていた。昨夜はあのまま眠ってしまったので、どうしてミチがあんなことを言ったのか、本当に千沙樹のことを拒んでいるのかも聞くことができていない。
まだミチと出会って三日しか経っていないのに、こんなにも好きだと思う。きっと自分はこうしてミチに恋する運命だったのかもしれない――そこまで考えてから、千沙樹は自分の考えがばからしく思えて一人で小さく笑った。
「死んでから恋する運命なんてないよな」
千沙樹がベッドの上で膝を抱えてうずくまる。
好きだと気づいてしまった以上、上手くいかなければ幽霊だろうとなんだろうと落ち込んでしまう。しばらくぼんやりと何もせずにいた千沙樹だったが、やっぱりミチが帰ってきた時にご飯が出来ている方がいいだろうと思い、ふらふらと立ち上がった。
「……といっても、基本ミチさんも僕もあまり食べないからな……」
この部屋で過ごしているとお腹は空くのだが、外に出て霊体になっていると空腹は感じなくなる。死んでるのだから栄養は要らないよな、と当たり前のことを思うが、それ故、ストックしている食材は多くなかった。
オムライスくらいなら作れるだろうか、と考えて千沙樹は冷凍されていたミックスベジタブルを取り出した。千沙樹がベーコンエッグが好きと言ったら、翌日ミチが買ってきてくれたベーコンと、卵、昨日の残りのご飯もある。千沙樹はさっそくその調理を始めた。
死神の為に幽霊がご飯を作るって、なんだかシュールだなと千沙樹が小さく笑いながらフライパンでご飯を炒める。味付けをしようと、振り返ったそこに、人影があり、千沙樹は驚いて固まった。
「……お前、誰?」
そこには知らない男が一人立っていた。自分よりは年上だろうが、若い男だった。その険しい顔つきに千沙樹は怖くなって後退りをする。
「誰って……その……」
「霊体だよな? どうしてミチの部屋にいるんだ? 送られ損ねた?」
男がこちらに近づく。千沙樹は訳が分からないまま首を振り、シンクの端を掴んで横に動いた。
「ミチがそんなヘマするわけないか……でも、見つけたからには送ってやらなきゃな」
送る、ということはこの人もきっと死神なのだろう。このままでは自分はミチにさよならも言わないまま送られてしまう。それだけは嫌だった。
「いや、です……!」
千沙樹は男の体の横をすり抜け、玄関へと向かった。そのまま部屋を飛び出す。一人で外に出てはいけないとミチに言われていたけれど、部屋の中で送られそうになったのなら逃げるしかない。
マンションから抜け出し、大きな通りを走る。路地を曲がって入り組んだ住宅街を駆け抜けながら千沙樹が後ろを振り返った。まだ死神は追いついていない。
そもそもどうしてあの死神が部屋にいるのか分からなかった。あの部屋にいれば安全だったのではないか。ミチと自分だけの空間ではなかったのか。
そこまで考えてから、千沙樹はふと、足を止めた。
「……ミチさんが、頼んだ……?」
幽霊なんかに懐かれてしまったのがやっぱり嫌だったのか。自分で送るのは躊躇いがあるから、仲間に頼んだのかもしれない。そう考えると音もなくあの部屋に知らない死神が入れたのも納得がいく。
ミチはもう自分に居なくなって欲しいのではないかーーそう考えた途端、涙があふれた。
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