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その人はこの世のものとは思えないような美しい容姿の男性だった。すらりとした長身で髪は艶やかに肩に流れていた。着流した衣服は見かけないスタイルだったが、上等な布で作られていることは一目で分かった。きっとそれなりの身分であることが窺える。
しかし、メリーウェザーは強く違和感を感じたのだ。違和感の正体は、頭の上の二本の角。そして頬に鱗がわずかに並んでいた。さらに背後には翼のようなものも覗いていた。
ヒトではない。
その男はメリーウェザーの戸惑いに気づいたようだった。
男は戸惑いを押し流すように緩やかにほほ笑むと、
「私たちは海竜の一族だよ」
と柔らかい声で言った。
「か、海竜……」
メリーウェザーは驚いた。聞いたことはあったけど実際会ったことはなかった。
海竜の男は真面目な顔をした。
「ちょうど海を渡っているときに、岩に括りつけられ沈んでいく君を見かけたというわけだ。自殺かい? それとも、何かの事件に巻き込まれた?」
「あ、自殺ではないです……」
メリーウェザーは慌てて答えた。
海竜の男は軽く頷いた。
「そうだろうね。あんなふうに縄でがんじがらめだなんて。指に怪我があったのも何らかの抵抗の痕ではないかと思っていた。それなら助けられてよかったよ」
「ありがとうございます」
「ヒトの国に帰してやりたいが、自殺ではないとすると、帰ると都合が悪いことでもありそうだな」
海竜の男は思案気に呟いた。
メリーウェザーは大きく頷く。
「あ、そうですね。あんまり堂々とは帰れません」
「……」
海竜の男は続きを促すようにじっとメリーウェザーを見た。
メリーウェザーは言う気はなかったが、何か言葉を発しなければならない気がして
「あ、婚約者が婚約を破棄?したかったみたいで、口封じに消されるところだったみたいデス」
と小声で言った。
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