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建て付けの悪い古びた木の扉を開ける。
汚れた髪を古い布切れで拭いとり、ソースでシミだらけになったブラウスを脱ぐ。
部屋の中に入り込んでくる隙間風が肌を舐め、マグノリアは身震いした。
もう春先だというのに塔の中はまるで外かのように寒い。
ひび割れた鏡の中に映るのは、白髪の老婆のような髪に、雪山に住まう狼と見紛う灰色の瞳、陽を浴びているというのに常に栄養不足で青白い肌の上には、毒々しいほどに赤と黒の火傷の痕がある。そして頬にはミミズが皮膚の上を這っているかのような引き連れた傷痕。
普段は長い前髪で隠しているが、髪が濡れたせいで頬に張り付き、顔が露わになっていた。
(ああ、見ちゃったわ)
つい自分の姿を目にしてしまい、すぐさま視線を足下へ落とした。
火傷の痕から目を背けても、閉じた瞼の下でも、全身に及ぶ火傷の傷痕は記憶の中に深く刻みこまれている。マグノリアの首から背中までの皮膚が萎れた魔物の舌のような赤茶色の斑点がある。
それは肌を蝕み消えることのない火傷の傷跡だ。慣れ親しんだ自分の体だったが、目にするたびに気が滅入ってしまう。
ポケットの中から、スコーンを包んだナプキンを取り出した。
朝から晩まで働いて、受け取れる給金は子供のお駄賃程度のものと、わずかばかりの食事だ。寝る場所があって、18歳になるまではこの屋敷にはいられることが約束されている。それで十分だ。
それに悪いことだけではない。
厨房の廃棄になるお菓子やパンだけは、マグノリアが少し余分にポケットに詰め込んでも誰にも咎められることはなかった。むしろ、そうするように仕向けていると思えた。
ジータがしきりに、何をしてもウエストが細くならないのはどうしてなの?とヒステリックに怒鳴り散らかしている理由は、マグノリアがジータよりずっと細いからだ。自分が1番痩せていて美しくありたい。それがジータの望みだから、こっそりお菓子に手を伸ばすマグノリアを責めたりしないのだろう。
スペルト小麦で作ったスコーンを小さく千切って口に運んだ。香ばしさとザクザクとした食感が心地よい。空腹が満たされる感覚をしばし味わった。
「しっかりしないと。マグノリア。
もうすぐあなたは18歳になるの。
カールソン伯爵様に屋敷から追い出されたとしても、生きる術を身につけておかなくちゃ」
法的な父であるカールソン伯爵が後見人でいる期間は、マグノリアが18歳を迎える日までである。誕生日を迎えたその日を境に、親権者の保護対象枠から外れ、独り立ちをしなくてはならない。
ジータに嫌われるマグノリアが、その後も屋敷で働くことができるかどうかもわからない。
万に一つ縁談が決まる可能性もあるが、うまく結婚にこぎつけたところで、容姿を見て結婚破棄を申し出される可能性は高い。その後、家から放り出されたとしても、1人ででも生きていけるための準備をしておかなければならない。
ベッドの下から組み木細工の木箱を取り出す。瓦礫の下に埋もれていたものだから、ところどころが焦げ跡があり、表面に塗られた漆も禿げている。歪んで固くなった蓋を開けると、紙幣やコインが現れた。その中にいただいた給金袋の中身を入れて再び蓋をする。
マグノリアは固いベッドに潜り込み、塔の中に落ちる月の光へと顔を向けた。塔の上は夏は暑く冬は寒いが、月が美しく見える。窓の外、そして、そのずっとずっと遠い先には、広大な世界が待っている。
この小さな国の海の向こうにもたくさんの人が暮らしていて、さまざまな文明があることを幼い頃、父から聞かされてきた。お父様のように異国で暮らすなんてできないけれど、いつか一度ぐらいは他の国を見てみたい。
「あとちょっと、もうちょっとだけの辛抱よ。きっとあなたの未来は幸せが待っているんだから」
と、心の中で父の言葉を繰り返し呟きながら眠りについた。
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