【episode02】

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 ジータがマダム・シャルロッテ洋装店のサロンへとやってくるなり、「ジータさまもドレスを買いにいらしたのね?」と、伯爵家令嬢のアニカ・クレオールが嬉々として声をかけてきた。  クレオール家は、商人上がりの成金貴族だ。  帝国との貿易は国を通さなければ請け負うことはできないのだが、国への多額の寄付金によって貴族の称号を得たあとはスパイスを中心に帝国との貿易を続けている。  帝国はシェリデン国よりも何倍もの国民を抱えており、スパイス一つでも大きな金が動く。  いくら金を積んだのか知らないが、シェリデン国随一と言われる貴族御用達である“マダム・シャルロッテ洋装店“の顧客に名を連ねている。  一方、デュクロク家は、代々受け継がれてきた魔法石の鉱山をいくつも保有し、鉱山事業も国に依存することなく、他国との取引を請け負う伝統ある伯爵家である。  深夜の街を照らす街灯の動力の元は魔法石で賄われており、汽車や船など大きな乗り物を動かす原動力として魔法石は世界中との取引の要として、ならない存在だ。いつどこで人気が廃れていくか知らない豆粒より、ずっと尊厳と伝統があるものである。 (気に食わない。  何世代と続く伝統ある貴族だけが入れるサロンに元平民がいるなんて。今だけチヤホヤされているアニカと私は次元が違うというのに、どうして彼女のくだらない話に耳を傾けなければならないのかしら)  心の中でアニカを罵倒しつつ「オーナーはまだいらしてないのかしら」と店内に視線を泳がせる。    午後のこの時間は、いつもマダムシャルロッテのオーナーであるシャルロッテがいるはずだった。 「まだのようですわ。よかったら私の席にいらして、話し相手が欲しかったのです」  元商人の成り上がり伯爵家若きの誘いなど、断ってしまいたかったが、新作のリストを手に入れなくてはならない。暇つぶしの相手としてアニカの誘いはジータにとって好都合だった。伝統あるデュクロク家の長女らしく、気品溢れる仕草で扇を開いて、アニカの席へと腰掛けた。  アニカが空のカップに紅茶を注ぎ入れながら話し出した。紅茶のカップには銀色のアラザンが浮かんでおり、キャラメルの香りが鼻先をくすぐる。 「今日はどんなドレスを探しにきたのですか?」  無垢な少女のような声色でアニカが尋ねる。 「殿方からドレスをいただいたのですけれど、どれも豪華な品でしたが、私の趣味ではなくて。  ドレスについてあれこれ考えていたら、足が向いてしまっていたのです」 「そうでしたのね。ジータ様は常にいいものを愛でていらっしゃるから、お眼鏡に適うドレスを贈られる殿方は、なかなかいらっしゃらないでしょうね。私なんて婚約者のガイゼルから贈られたものは、文句も言えずに受け取るしかないもの」 「ガイゼルは趣味がいいから、それにアニカのことをよくわかっているでしょう? この前の珊瑚色のショールなんて、アニカの瞳の色に合わせた色合いで美しかったわ」  そう褒めると、アニカは頬を赤く染める。 「そうかしら? シェリデン国ではあまり見かけないデザインだからどうかと思っていたの。でもジータ様に褒められたから、今度のお茶会につけて行くことにするわ」 「ええ、そうするといいわ」 (そして、恥をかけばいいのよ。帝国の民衆たちの間で流行った一昔前のデザインを婚約者にプレゼントするなんて、ほんと、シェリデン国の男は流行に疎いわよね。きっと、帝国へと貿易に行った際に、流行品だと偽られて買わされたのでしょう。ガイゼルでは一生、伯爵止まりね。かわいそうに)  サロンの中を見渡すと、おしゃべりに花を咲かせる淑女たちが席を埋めていた。サロンの従業員の姿は見当たらず、ティーカップが鳴らす食器の音と若い乙女たちの笑い声が響いている。その様子を見てジータは、深いため息をつく。  シェリデン国1番のサロンだというのに、どうしてこうも待たせるのだろうか。アニカの席でおしゃべりを続けるのは、時間の無駄である。  彼女と話していても、私が公爵家やザクセン王太子の妻になれるわけではないのだ。さっさとドレスのリストを手に入れて、めぼしいドレスを注文してしまおう。 「そういえば紫陽花の茶会にジータ様も参加なさるのでしょう?」 「紫陽花の茶会?」  耳慣れない言葉にジータはつい聞き返してしまった。アニカは、これみよがしに自分の見聞を披露する。 「ザクセン王太子の叔母様である、リーゼロッテ公爵様のお茶会です。叔母さまは王太子のことを溺愛しているので、今回のお茶会は、ザクセン王太子のために開かれるそうですよ。  シェリデン国の年頃のご令嬢へと余すことなく招待しているところから見て、ザクセン王太子様のお相手を選ぶためなのかと。もちろん、ジータ様にも招待状が届きましたでしょう?」  ジータはハッとして、先日のドレスの一件を思い出した。 (あの豚……)  越境といえど、デュクロク家は伯爵家だ。王宮からの招待状が届かないはずがない。  届かない理由があるとすれば、ゾイ公爵のせいだ。  ゾイ公爵の邪魔が入ったのだとしたらザクセン王太子の結婚候補から外されていてもおかしくはない。ティーカップを握りしめる手が怒りで震え出す。  悔しさと怒りで、せっかくのキャラメルティだというのに、風味も味も失ってしまった。どう答えようかと、あぐねていると、ようやくサロンの従業員がジータに声をかけた。  人に聞こえないように配慮したかのような小声で、ジータの耳元へと近づく。 「ジータ様。大変ございません。本日はジータ様へのリストのご用意がないようです」  
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