【episode3】

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「……さっきの男性のことだけど。天馬には従順なのね」 「俺は大抵の研究員にとって上司のようなものだからな」 「でも麻里奈は、あなたに対して偉そうな態度を取るよね?」 「あいつは最初からああいう人間だ。立場なんて関係なく、それぞれ仕事さえしていればいい」  言いながら、天馬は研究室を出ていこうとした。 「ここに用事があったんじゃないの?」 「いや。夏希の様子を見に行くつもりだったんだが、廊下で麻里奈に会ってな。ここにいると聞いたから来ただけだ」 「そうだったの。ごめんなさい、呼び止めて」 「別にいい」  かたんとドアが閉まり、静寂が下りる。  やり場のない怒りに心を乱されていても仕方ない。私は組織の全貌を探るため、狂ってしまった運命を受け入れると決めたのだ。こんなところで立ち止まっていられない。  コーヒーを飲んでから《研究室E》に戻ると作業をこなし、八時過ぎにキリを付けた。先にシャワーを浴び、食堂へと向かう。  食堂にはTシャツとジーンズに着替えた麻里奈がいた。取出口から食事の乗ったトレイを出している。私はハンバーグセットを注文し、届いたトレイを持って麻里奈のいるテーブルへ歩み寄った。  食堂で顔を合わせることは度々あるが、麻里奈の方が後に来た場合、彼女は必ず違うテーブルに着く。私が後になったときも別のテーブルへ着くようにしていた。食事中に会話することも特になかったが、今日は話を聞いておきたい。 「ここ、座ってもいい?」 「何なの急に。他にテーブルがあるでしょ」 「会社ではみんな一緒に食事してた」 「ここは会社じゃないっつーの」  トレイをテーブルに置き、麻里奈の正面へ腰掛ける。彼女はムッとしながらも、それ以上のことは言わなかった。 「今日はどんな仕事をしてたの? あの研究員、実験助手だと言ってたけど」 「他のチームが試作した薬品を受け取ったから。《D.H.》を使って実験したんだ」 「また……何の関係もない人が亡くなったのね」 「いや、今回は死ぬような薬じゃない。それに実験は失敗だった」 「……失敗?」 「受け取ったのは〝薬を塗った部分がパックリ割れる〟って効果を狙ったものなんだけど、思ったような効果は出なくて。『最初から作り直せ』って突き返しといた。あたしや天馬でさえ〝第一〟は失敗ありきみたいなもん……いつものことさ」 「失敗して、実験台となった人はどうなったの?」 「《D.H.》の手足に塗ってみたけど、皮膚が黒く腫れ上がった程度だよ。今のところは命にかかわるような状態じゃない」 「皮膚が黒く腫れ上がった……薬を塗った……」  彼女の発言が引っ掛かった。  もしかしたら、という考えが頭の中で整理される。 「……何? 急に顔色が変わったけど」 「あ、いえ、何でもない。前に見た実験のことを思い出して怖くなっただけ」  急いで食事を済ませると、麻里奈に会釈して食堂を出た。真っ直ぐ天馬の部屋へ向かう。彼はいつもどおり白衣姿で顔を出した。 「話があるの。時間、少しだけいい?」 「……あぁ」  部屋に入れてくれた天馬と、ローテーブルを挟んで床に座る。彼は私から顔を逸らしていたが、気にすることなく本題へ。 「単刀直入に訊かせてもらうけど。あなたは元々《D.H.》だったんじゃないの?」  天馬の顔がこちらに向く。  いつも無表情で感情のこもっていない目に、動揺のようなものが感じられた。 「……何故そう思う?」 「さっき麻里奈から『実験が失敗した』と聞いたの。その結果、皮膚が黒く腫れ上がったと言ってた。天馬の左腕にも、赤黒いアザのようなものがたくさんあったよね。それは腕に塗った薬によってできた痕――数々の実験にあなたの身体が使われていた証拠じゃないの?」  私に冷たく接しなかったのは、脅されていた恋人の存在があったからというのも事実だろうが……彼が私と同じように誘拐され、《D.H.》となるはずだった身ならば。優しさの根本はそこにあったのかもしれない。そう推測したのだ。
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