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「すみません、もう何がどうなっているのか……。本当に何も覚えていないんです。私、何をしてしまったんでしょうか」
「勘違いしているようだから先に言っておくが、ここは城之内製薬の研究室ではない」
麻里奈もそんなことを言っていたが――。
ぼんやりとした思考回路が徐々にはっきりしてきた。
「それじゃあここはどこなんですか? 私、どうして……」
「記憶が途切れているのは〝薬〟のせいだ」
「……薬?」
「混乱しているだろう。まず、ここがどこなのか説明してやる」
「……はい」
「ここは、とある〝組織〟の研究所内部だ。俺と麻里奈はこの研究所で薬品開発をしている。お前は今日からここに監禁されることとなった。今後一切、外に出ることはできない。俺たちのもとで、秘密裏に行われている薬品開発に加担してもらう」
説明された内容を必死で飲み込んでいく。
今の話を総合すると、つまり――。
「私を誘拐した……ということですか?」
「平たく言えばそうなるな」
「そんな……そんな! 責任者の方を呼んでください!」
「叫ぼうが喚こうが無駄だ。お前はもう二度とここから出られない」
「どうすれば家に帰してくれるんですか? お金が必要なら何とか工面しますから――」
「分からないのか? 諦めろ」
混乱していた頭の中に濁流が流れ込むような勢いで、底知れない恐怖が襲ってくる。こんな訳の分からない事態に巻き込まれているなんて――。
「お前を働かせろと言ったのは上司のような奴で、俺や麻里奈としては『面倒臭い、どうでもいい』というのが本音だ。危害を加えるつもりもない。そもそも悪意があるなら、抵抗されないよう両手両足を縛りつけるくらいのことはしておくはずだが?」
確かに私は眠っていただけで、痛いところも苦しいところもない。しかし誘拐・監禁されているのは事実だ。最悪の場合……殺される?
心臓が激しい音を立て、全身がすっと冷たくなった。力が抜け、床に崩れ落ちる。次から次へと涙が溢れ、それを拭う手が震えた。このまま泣き続けたら「うるさい」と怒りをかうかもしれない。そうなればもっと怖い目に遭うかもしれない。分かっていても嗚咽が止まらなかった。
――ふいに視界が陰る。
反射的に顔を上げると、天馬がハンドタオルを差し出していた。微かにシャボンの香りがする。どうしていいか分からず固まっていると、彼は私の腕にハンドタオルを掛けた。
「あ、あの……」
「話を進めていいか?」
溜め息混じりに問い掛けられる。
渡されたタオルを握り締め、小さく頷いた。
「お前、第五開発部に所属していたんだな。城之内製薬には十以上の開発チームがあり、一から五までは特に優秀な人材が集められていると聞く」
「……私はまだ入社して二年目です。何の功績もありません」
「その若さでありながら期待されていたということだろう」
「……分かりません」
「現時点でお前が理解しておくべきことは、ここに監禁され、研究の手伝いをするしかないという事実だけだ。とはいえ必要な情報は与える。取り急ぎ質問したいことでもあれば、答えられる範囲で答えよう」
「質問……」
天馬を見上げて呟く。
恐怖と混乱の中、必死で考えを巡らせた。
「どうして……私を誘拐したんですか?」
疑問はいくつも湧いているが、真っ先に口からこぼれたのはそれだった。どうして自分がこんな理不尽な目に遭わなければならないのか――そんな思いが一番強かったのかもしれない。
城之内製薬には優秀な研究員が大勢いる。それなのに何故、私を選んだのか。もちろん他の研究員なら誘拐されてもいいということにはならないが――。
「意図的にお前を選んだわけではない。誘拐した人間がたまたま城之内製薬の開発チーム員だった、だから監禁して働かせることにした……というのが正確なところだ」
「私のことは城之内製薬に説明を?」
「何もしていない。日本では年間数万の行方不明者が出ているんだ、お前もそのうちの一人として片付けられて終わりじゃないか? 身寄りもないんだろう?」
……天馬の言うとおり。
私には血の繋がった家族がいない。
〝いない〟と断言するのは語弊があるかもしれない――特殊な家庭環境で育ったため〝分からない〟と言った方が正しい。仮にいたとしても今後接点を持つことはないだろう。しかし何故、私に身寄りがないことまで知っているのか――。
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