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研究員たちは私から離れたテーブルで食事を始めた。会話の全ては聞き取れないものの、「骨が折れた」とか「血を吐いた」とか「泡を吹いて倒れた」とか残酷な言葉がちらほらと聞こえる。そんな話をしながら食事しているなんて、同じ人間とは思えない。自分とは細胞の一つさえ一致することのない、全く別の生き物のよう。
それからすぐ、大地が食堂へ顔を出した。
「ご苦労さん。俺、腹が減ったからメシ食うね。夏希ちゃんもついでに食事していきなよ」
言いながらも既に、大地はメニューを注文し始めている。
好都合だ。
これで彼と話をする時間が長くなる。
大地は届いた食事をテーブルに運んでいる。私も注文ボタンを押すと、大地のいるテーブルを眺めた。ハンバーグ、パスタ、グラタン、ポテトとソーセージの盛り合わせ。身体が大きいからよく食べるのだろうが、栄養が偏りすぎている気がする。そんなことを考えていると背後で食事の届く音がした。ベーコンエッグとサラダの乗ったトレイを、大地が食事しているテーブルに置く。
「何、その朝メシみたいなの。そんなんじゃ身体がもたないっしょ」
「私はそんなにお腹空いてないから。大地は大食いなのね」
「力仕事があるとすぐ腹が減るからね」
「力仕事って?」
「暴れる奴を押さえたり、実験中に気ィ失った《D.H.》を運び出したり。死体もね」
「…………そう」
「《D.H.》の中には結構な重さのモノもあるからさ。意外と大変なんだ」
倒れた人間を完全に〝物〟呼ばわりする大地。実験を専門としている組織の人間は、開発者以上に残酷な光景を目の当たりにすることも多いだろう。きっと全員〝人の死=物が壊れる〟程度にしか思っていない。
「ここで作られている薬って、誰が何のために欲しているの?」
「詳しいことまで知らないんだよね。薬は殺害目的だけでなく拷問用としても使われるらしいよ。あと『極秘ルートで国外へ流されてる』って話は聞いたことある。ホントかどうかは分かんないけどさ」
「組織のボスはどんな人なの?」
「それも分かんない。つーかほとんどの研究員は聞かされてないはず」
「何も分からないままだなんて不気味じゃない? 知りたいと思わないの?」
「そこまで興味ないかな。外の世界じゃ赦されないこと――人間を壊す実験ができるだけで満足ってヤツがほとんどだと思うよ?」
あまりの身勝手さに閉口した。
大地の話しやすさと冷酷さのギャップも気味が悪い。同じ冷酷でも、麻里奈の方が幾分かマシに思える。
「あんまり詮索すると〝消される〟かもしんないから、夏希ちゃんも気を付けた方がいいよ? 特に麻里奈なんてクソ生意気で、一緒にいると大変だろ」
「そんなことは……。大地は彼女と不仲なの?」
「不仲っつーか個人的に嫌いなんだよね。俺より一年早く組織に入っただけなのにすっげー偉そうでさ」
「一年……?」
以前《研究室A》で盗み見た名簿。
今から六年前の欄に〝江藤麻里奈〟という名前があった。
しかし――組織加入が二年前と言う大地の話に基づけば、麻里奈が組織へ加入したのは三年前になる。八年前から今年までの人名リストに、〝まりな〟という名は一人分しか載っていなかったと思うが……全体的に流し読みだったため、見落としがあったかもしれない。こんなことで大地が嘘をつく必要もないはずだ。
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