【episode4】

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【episode4】

【episode4】  翌朝。  仕事について指示を受けるため《研究室A》へ出向いたが、天馬はいなかった。数日ぶりに会う麻里奈の姿がある。彼女は椅子に腰掛け、だるそうな顔をしていた。  麻里奈に仕事のことを訊いても「あたしは知らない」と言うだろう。コーヒーを淹れながら天馬が来るのを待つことにした。麻里奈の分も併せてカップを二つ並べる。 「――ちょっと待ちな。あたしはコーヒーじゃなく白湯にして」 「白湯?」 「……薬飲みたいから」 「体調悪いの? ここ数日姿が見当たらなかったのもそのせい?」 「まぁね」 「……薬が必要なくらいの体調ならもう少し休めばいいのに、組織のトップから怒られたりするの? 麻里奈ほどの研究者でも無理せざるをえない?」 「そういう話じゃないよ。あたしの不調はただの風邪とか頭痛とは違う」 「どういう意味?」 「……数年前から続いてる病気なんだよ」 「え……。麻里奈と出会ってからずっと体調が悪いようには見えなかったけど……無理してたの?」 「そういうわけじゃない」 「でも薬を飲む必要があるんでしょ? 仕事なんかしてて大丈夫なの?」  麻里奈へ歩み寄ると、白湯の入ったマグカップを机に置いた。椅子を引っ張り出して彼女の前に腰を下ろす。 「……どんな病気なのか訊いてもいい?」 「臓器を萎縮させる悪性細胞が沸いてんだ」 「癌とは違うの?」 「みたいだね。さすがのあたしも、自分の腹を割って治療するなんてマネはできない」  彼女は白衣の下に着ているニットをまくり上げた。手のひらサイズのガーゼが、おへその右隣に貼り付けられている。 「自称凄腕のヤツが治療してくれてるんだけど、完全に取り除くことはできないらしい。外の世界にコレを治療できる人間はいないかもしれない……ってくらいの奇病らしいね。今の医療じゃ完治は不可能。いわゆる〝不治の病〟ってヤツさ」  麻里奈はまくり上げていたニットを元に戻しながら、独り言のように語った。彼女がそんな恐ろしい病気に侵されていたなんて……。 「生活に支障はないの?」 「治療してから二週間程度痛みが続くから、その間は鎮痛剤を飲まないとしんどいくらい。ま、治療を怠れば全身に転移して死ぬかもしれないらしいけど」 「……私ね。ここに来たときから何となく引っ掛かっていたことがあるの」 「何?」 「よく組織の言うことを聞いて仕事してるな……って。あなたなら『組織の言うことなんて関係ない、好きにさせてもらう』と考えそうだから。麻里奈が組織に従っているのは、病気の治療をしてもらっているからだったのね」 「別に、そんな意識はないけど」  不満そうに答えると、麻里奈はカップを手に取った。真っ白な錠剤を一粒口内へ放り、白湯で流し込んでいる。 「それにしても、あなたが自分のことを語ってくれるなんて。意外ね」 「弱みを握られるみたいで癪だから、他の研究員にバラしたことはないんだけど。あんたはあくまで部外者だし、話したところで他の連中に漏れることもないでしょ」 「私を信用してくれてる?」 「都合よく解釈するんじゃないよ。あんたは他の研究員と接点がなくてバラしようがないと思っただけ。仮にバラしたとしても、あんたを〝消す〟正当な理由ができるだけだ」 「……もしかして。私があなたの秘密を守るか、それとも天馬に秘密を漏らすか、試そうとしたの?」 「バカ、今度は深読みしすぎだよ。そもそも天馬は発病当時から知ってる。……一番キツかったとき面倒を見てくれたのは、優男のあいつだからね」  ふと、昨日天馬の様子がおかしかったことを思い出した。もしかしたら治療中の麻里奈を心配していたのかもしれない。彼女にそれを伝えると「まさか」と返された。 「今更心配もクソもないよ。三年前から半年に一度、定期的にやってる治療だから」 「三年前……」  六年前の名簿にあった〝江藤麻里奈〟という名前。しかし大地の話によれば、麻里奈が組織へ入ったのは三年前のはず。本人に問えば、私の勘違いかどうかも含め、矛盾の謎が解けるだろう。
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