【episode4】

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「三年前、何があったの?」 「発症したのが三年前。ただそれだけのことだよ」 「じゃあ発症する前は? 何してたの?」 「何って……今と同じだけど」 「つまり、三年以上前から組織の一員だったの?」 「今と同じだって言ってるでしょ。しつこいヤツだね」 「あなたのフルネームは江藤麻里奈?」 「何で知ってんだよ」 「組織に入ったのは六年前?」  次々と質問を繰り返す私に警戒したのだろう。加入年については触れず、麻里奈は睨むような目つきになった。 「何を企んでる」 「あなたがいつからここにいるのか知りたかっただけ」 「何のために?」 「気になることを聞いたから」  そう答えた直後、研究室のドアが開いた。  天馬が立っている。  彼に呼ばれ席を立ったが、麻里奈に「待ちなよ」と止められた。 「まだ話の途中だ」 「でも仕事が――」 「先に話を膨らませたのはあんたでしょ」  私と麻里奈の間にある険悪な空気を感じ取ったのか、天馬が中へ入ってきた。 「この女、何か企んでるかもしれないよ? さっきから発言がおかしいんだ」 「別に私、組織に反抗するつもりなんてないの。ただ、少しでも周囲のことを知りたかっただけで」  順に主張する私たちを、天馬が交互に見下ろす。  その視線は最後、私で止まった。 「麻里奈から何を聞こうとしたんだ」 「……ある矛盾を確認しておきたかっただけ」 「矛盾?」 「ゴミの片付けをしたとき大地から聞いたの。『麻里奈が組織に加入したのは三年前だ』って。でも麻里奈は『三年以上前から今と同じことをしている』と言った。それがどういうことなのか気になったの」  組織に大きく関わる情報ではない。ただ、名簿と大地の発言の間にある差が何なのか確かめたかっただけなのに――天馬は突然、私の腕を掴んだ。 「来るんだ」 「急に何?」 「いいから来い」  強引に引っ張られ、よろけながらも歩き出す。麻里奈も困惑しているようだった。 「何なんだよ一体。大地のヤツ、何でそんな嘘を――」  麻里奈の言葉を最後まで聞くことなく、研究室から連れ出されてしまった。腕を掴まれたまま天馬の部屋へ連れて行かれる。部屋に入ると彼は腕を放した。焦りのような、怒りのような、不安のような……何とも言えない表情を浮かべている。 「お前、何を聞いたんだ」 「何って?」 「とぼけるな。大地が何か言ったんだろ」 「待って、話が見えない」 「……本当に何も知らないのか」  反射的に頷いたが、名簿を盗み見たことは伝えた方が良さそうだ。隠しておくと後々厄介なことになるかもしれない。 「実は以前、《研究室A》で名簿が挟まれているファイルを見たの。六年前の名簿に江藤麻里奈という名前があった」 「……何?」 「勝手に見てごめんなさい。でもたまたま開いたのが研究員の名簿だっただけで、それ以外は本当に見てない」 「大地とは何を話したんだ」 「彼、麻里奈のことを嫌っているみたいだったの。自分と一年しかキャリアが違わないのに偉そうだからって……。でも麻里奈は『三年以上前からここにいる』と言った」 「……麻里奈の言うことが正しい。俺から言えるのはそれだけだ」 「つまり、大地が偽りの情報を喋ったということね? でも、彼が嘘をついているようには見えなかった――何らかの理由で誤解しているということ?」  天馬は鋭い表情で私を見下ろしている。これほど冷酷な瞳を向けられるのは初めてかもしれない。 「さっきの慌て様、やっぱり変よ。私と麻里奈が会話するのを阻止したいみたい。――そういえば前にも『麻里奈と何を話したんだ』って訊いてきたことがあったよね。麻里奈が私に話したら不都合なことでもあるの?」 「あいつらに深入りするな」 「どうして……そこまで頑なになるの?」 「お前が怪しい行動を取れば、麻里奈も大地も上に報告するはずだ。そうなれば命の保証はない。特に麻里奈は上のお気に入りだ、庇ってやろうにも限界がある」 「……何かあったら私を庇ってくれるつもりだったのね」 「夏希が改良した薬品を確認して、有益な人材だと確信したからだ。あの女の一声で(つい)えてしまうのは惜しい」 「……そういえば、ここ数日麻里奈を見かけないって話をしたけど。病気の治療を受けてたのね」 「何故知っているんだ」 「さっき本人が言ってた」  天馬は何かを考え込むように黙った。しかし、先ほどのように恐怖を覚えるような表情ではない。 「麻里奈の病気も触れちゃいけないこと?」 「いや……。あいつの病気のことは、ごく限られた人間しか聞かされていない。まさか夏希に語るとは思わなかった」 「私も正直びっくりした。治らない病気だって言ってたけど大丈夫なの?」 「怪しんだり心配したり。どっちが本音なんだ」 「麻里奈のことは苦手で、よく分からない人だと思うけど……。これだけ一緒に過ごしていたら情が沸いちゃう。彼女が私に自分のことを語ったのも似た理由じゃないかな」  天馬は「そうか」と、素っ気ない一言を漏らしただけだった。
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