【episode4】

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「あなたも麻里奈のことが心配なんでしょう? だから昨日は落ち着きがなかったんじゃない?」 「……まぁそういうことで構わない。もう雑談は終わりだ、仕事にかかるぞ」  天馬に続いて部屋を出る。  廊下を歩きながら指示を受けようとしたところ、前方から大地が歩いてくるのが見えた。「おう」と軽く手を振る彼の前で、天馬と共に立ち止まる。 「悪いんだけど、今から夏希ちゃん借りていい?」 「何故だ」 「新薬の第一をやるんだけどさ。もう一人助手が欲しいんだ」  実験の手伝い……残酷なことに付き合いたくないが、抵抗は許されないだろう。天馬も他の研究員の前では、私に対して甘く接することはないはずだ。 「こちらも夏希に頼みたい仕事があるんだ。他のチームの人間には声を掛けたのか?」 「うん。でもみんな忙しいらしくてさ。夏希ちゃんを借りればいっかと思って」  天馬は返事をしない。  迷惑を掛けたくない思いで、自分から「手伝いに行く」と答えた。大地が「いいよな」と確認し、天馬も頷く。 「よし。じゃあ夏希ちゃん、行こっか」  無邪気な笑みを浮かべながら、大地は私の手を引いて歩き出した。エレベーターに乗り込んでも、彼は私の手を握ったまま。離してほしいとも言いにくい空気だ。自分の直感が、嫌なものを知らせるサインを送っているような――妙な感覚。  エレベーターを降りて着いた先は《実験室D》と書かれた場所だった。これまでに見た実験室と同じ造りだ。モニター前には男性研究員が一人座っている。 「夏希ちゃんはこっちに来てもらうよ」  大地に引っ張られガラス部屋へ入る。  モニター前にいた研究員も中へ入ってきた。 「彼女が《D.H.》ですね」  研究員から発せられた言葉に、慌てて大地を見上げる。  直後、腹部に衝撃が走った。  痛みでよろめく。 「ど……して……」  苦痛に耐えながら声を絞り出す。大地にお腹を殴られたのだと気付くまでに時間は掛からなかった。大きな手で首を鷲掴みにされる。 「悪いな夏希ちゃん。《D.H.》が必要なんだ」 「……私、を?」 「でも在庫が足りなくてさ。夏希ちゃんを使うことにした」 「私は……あくまでここの研究員なのに」 「大して新薬の研究に携わってないんでしょ? それなら《D.H.》として使った方が有意義ってモンだよね」  両手で大地の指を剥がそうとしても、力が強くてびくともしない。首が締まり呼吸が苦しくなる。 「大丈夫、腕を一本もらうだけだから。死にはしないよ」  このままでは腕を切り落とされてしまう。抵抗してもどうにもならないと頭では理解しているのに、恐怖で逃げたいという思いが勝り、大地を蹴っていた。その弾みで首から手が離れ、大地が後ろによろめく。 「ったく。逃げられないってことが分かんないかなぁ」  ――そう。  たとえここから走り去ったとしても、私一人でこの階から出ることはできない。逃げる手段はないのだ。  大地が再び手を伸ばしてきた瞬間、ガチャッと音がした。開いたドアの前に天馬が立っている。彼は私たちの様子を見て事情を察したようだ。歩くペースを速めガラス部屋へ入ってきた。 「先ほどの話がどうにも引っ掛かって来てみれば……。お前、夏希を使うつもりだったのか」 「〝さっきの話〟って何だよ」 「俺と夏希の問題だ。大地には関係ない」 「あっそ。こっちは在庫が足りなくて困ってんだ。腕を一本もらうくらいいいっしょ?」 「夏希は俺の監視下で働いている人間だ。上からも世話役を命じられている。大地の一存で消費していい実験台ではない」 「そうは言ってもさ、他に誰を使えってんだよ。次の《D.H.》を確保するための薬品散布まで、あと一週間もあるってのに」 「……脚なら用意できる」 「いいよ、それでも。骨と筋肉の切断面が欲しいだけだから」  その発言に鳥肌が立った。  一体何の実験をするつもりなのだろう。 「で? その脚はどこにあるんだよ」 「俺の脚を使え」  一瞬、自分の耳を疑った。  俺の脚……天馬の脚!? 「正気?」  私が声を発する前に大地が訊ねていた。 「腕だと研究に支障が出る。脚なら構わない」  平然と答える天馬の袖を、すがるように引っ張った。彼の顔は無表情というより、生気を感じられないほど冷めている。対する大地は訝しげだ。 「天馬がいいって言うならいいけどさ。自分の身体を差し出してまで庇うなんて、夏希ちゃんのことが好きなの?」 「そういう感情ではない。監禁している女とはいえずっと面倒を見てきたんだ。これから任せたい仕事もたくさんある」 「まぁそういうことなら」  大地の隣で黙っていた研究員が「麻酔の用意をします」と言い、奥の部屋へと移動していく。大地はニカッと歯を覗かせて笑った。 「麻酔が効いたら、鉈でスパーンと切り落とすね」  背筋が凍りついた。  この人は完全に狂っている。
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