【episode1】

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 食器は取出口に戻して返却ボタンを押すようにと書かれている。そのようにして食器を片付けると自分の部屋へ戻った。着ていた服を脱ぎ、洗濯機へ入れてスイッチを押す。着替えがないため、身体にバスタオルを巻いた。  この部屋にはテレビやラジオがなく、外部の情報を得る手段がない。ここに来たときのことや研究所に関してなど、いざというときのために日記を付けておこう。しかし部屋には書く物がなく、スマホだとすぐに充電が切れてしまう……。  自販機の売店に文房具関係の項目があったかもしれない。着ていた服は全て洗濯してしまったため、支給された仕事着を着て廊下へ出た。  食堂には麻里奈の姿があった。先ほどまでと違い、私服らしき服装――迷彩柄のロング丈Tシャツにタイトなジーンズで食事している。彼女は私を見て笑みをこぼした。 「白衣なんか羽織っちゃって、やる気満々って感じだね。ハラ括った?」 「これしか着るものがないので……」  そう答えながら彼女の横を通り越し、自販機を確認した。ノート・ペンのボタンがある。二つ押して品物を待っていると麻里奈が振り返った。 「あんた、そこに突っ立ってるならケーキのボタン押しといて」 「……ケーキ?」 「そこにボタンがあるでしょ」  麻里奈が指し示した自販機へ歩み寄る。食べ物の名前が並ぶボタンの中に《ケーキ》を発見した。それを押して麻里奈の方へ向き直る。彼女は椅子の背もたれに腕を乗せ、じっとこちらを見ていた。目を逸らすこともできず、沈黙が重い。何でもいいから話題がほしくなる。 「……ケーキ、お好きなんですか?」 「は? 何なの急に」 「いえ、その……すみません。変な質問をしたりして」 「別にいいけど。耳障りな声で泣き喚かれるよりマシ」  何と返そうか考えあぐねている間に、アラーム音が室内に響いた。ノートとペン、続いてケーキも届いたようだ。それぞれの取出口を開けて中身を取り出し、麻里奈が食事している席へ歩み寄る。ケーキをテーブルへ置き、麻里奈に向かって一礼した。 「もう泣いたりしません。天馬さんは何となく、私を気遣ってくれているように見えましたから」 「あいつ、無愛想なツラしてバカみたいに甘いからね。でもあたしは違うよ?」 「いえ……。麻里奈さんは研究のことしか頭にないから私と関わらないだろうって、天馬さんが言ってたんです。でもこうして会話してくださって……ありがとうございます」 「ふーん。天馬がそんなことを……ね」  先ほどから一転、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。 「言っとくけど、ここにいるのは研究のことしか頭にないヤツだけだよ。優しさも人間味もあったモンじゃない。頭のネジが一本――いや、何本も飛んじまってる人間の巣窟ってトコか? あたしらにとってはそれが〝普通〟なんだけど、外部の人間には理解できないみたいだね」 「でも――」 「そもそも人間味のある優しいヤツらが、人を誘拐・監禁なんかすると思う?」 「……それでも、天馬さんは悪い人じゃない気がしました」 「どーだかね。あいつの優しさに期待しない方がいいと思うけど?」 「……分かりました。すみません」 「謝れとは言ってない。ま、せいぜい事務仕事くらいはまともにやりなよ? あたしは報告書とか説明書とか作るのが大嫌いなんだ、あんたが全部代わってくれるならラッキーでもある」 「……頑張ります」 「あとは、そうだねぇ……。『簡単にコワレテくれるなよ』と釘を刺しておく」  そう話す彼女の瞳は、とても鋭く冷たかった。 〝壊れる〟……一体どういう意味だろう。  麻里奈に会釈して食堂を出る。部屋へ戻ると、小さなローテーブルにノートを広げた。今日の出来事――会社を出てからここに来るまでのこと、天馬や麻里奈のこと、この研究所について分かったことを書き込む。 《今はまだ動きが取れないけれど。  逃げる方法が見付かりますように。  無事に帰れますように。》  最後にそう記すと、静かにノートを閉じた。この先どんな仕事が待ち受けているか分からない。今日はもう寝て、明日に備えよう。  白衣を脱いでベッドへ入る。あまり眠気はないものの、じっと目を閉じた。明日から起こる事態に不安を感じながら――。
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