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その闇の行き着く先
「お兄ちゃん、大丈夫?」
蓮に声をかけられ、明臣は飛び起きた。
いつの間にか自身の車へと運ばれている。
どうやらレストランで眠り込んで、
運転手と従業員によって運ばれたらしい。
疲れていた自覚はあったが、
まさか食事中に寝落ちしてしまうとは。
運転手へと迷惑をかけたと詫びれば、
「とんでもございません」と頭を下げる。
ホテルにも詫びとお礼をしておくよう伝え、
香坂の屋敷へと車を走らせた。
「蓮もすまない、迷惑かけたな」
「ううん、どう?少しは疲れとれた?」
蓮の言葉に明臣は驚くくらいに、
自身の疲れが取れていることに気づく。
「……ああ、
何か久しぶりに目が覚めた気がする」
明臣の言葉に蓮は良かったと笑みを浮かべた。
「私、叔母様と話をするつもり。
学校を辞めるつもりはないの。
あそこが私の居場所だから」
「それは止めないが、母に話が
通じると思わない方がいい」
明臣の言葉に蓮は苦笑いしながらも頷く。
蓮はもう昔の蓮ではない。
明臣は知らないが、
天使としての役割を自覚し、
役目を果たそうと思っている。
叔母と向き合うのは
自分にしか出来ないのだと、
蓮は解っていた。
ーー凛、もう少しだけ待っていて、
……絶対に戻るから
屋敷へと車を走らせていると、
運転手が慌てて車を止め、
明臣へと声をかけた。
明臣と蓮が車から出て、言葉を失う。
屋敷のある方角から火の手が
上がっていたからだ。
「明臣様っ」
外に避難した者達が明臣へと気づき、
駆け寄ってくる。
「申し訳ありません!
大奥様がいらっしゃられなくて……」
「何っ?!」
「その、小早川さんが大奥様と話をするからと、
人払いされていて……」
私共が気づいた時にはお二人のいらっしゃる
方から火の手が……と、
涙ながらに話すのに、
明臣はとにかく無事で良かったと伝え、
消防や救急の手配が済んでいることを
確認し、無事な者には駆けつけるだろう
消防車や救急車の案内へと走らせた。
「小早川って……和馬お兄ちゃん?!」
「ああ……俺の秘書やってたんだが、
急に辞めるって言って」
小早川和馬は明臣の幼なじみで親友だ。
幼い頃の蓮に明臣同様、優しくしてくれた
人物だった。
昔から明臣と和馬は一緒にいて、
明臣が香坂の当主となってからは
秘書になり、傍で支えていた。
明臣が不安定になったのは和馬が
いなくなったせいもあったのだと、
蓮は気づく。
そして誰よりも明臣の傍にいた和馬が、
いきなり秘書を辞めると言った理由。
今夜ここに叔母相手に訪ねてきた理由は
明臣にも知らされていない。
まさかーー、
そう考えると同時に蓮は
術式を展開すると頭から水を被った。
「蓮?!」
「お兄ちゃん!
和馬お兄ちゃん達がいる部屋はどこ?」
「恐らくは……火の手が上がっている、
あそこだ」
明臣は何が起きているのか
理解出来ないままに蓮の質問へと答え、
3階の角を指差した。
ふわりと風が蓮を包み、飛び上がると、
一気に蓮は3階の窓へと到達し、
水を浴びせ、部屋へと降り立つ。
「和馬お兄ちゃん!叔母様っ…!」
炎は消えたが、燃え方が酷い。
今にも崩れそうな部屋に注意しながら、
蓮は2人を呼びながら部屋を進む。
「和馬お兄ちゃん!」
微かな物音に駆け寄れば、
両腕を黒く焦がした和馬が倒れていた。
「……っ、ぁ、……れ、ん?」
「和馬お兄ちゃん、しっかりして!
もう大丈夫だから」
泣きそうになるのを堪えて、
蓮は和馬を支える。
本来の力では到底無理だが、
風の力を使えば蓮でも体格のいい和馬を
持ち上げることが出来た。
とにかく和馬を安全な場所に運んで、
それからまた叔母を探そう。
そう思って蓮が和馬を支えながら
立ち上がった時、
激しい唸り声が上がり、
香坂の屋敷ごと覆い尽くせる程の
闇が現れた。
闇が現れたことによる振動で
脆くなっていた蓮の足場は簡単に崩れる。
和馬を庇い、自分が無防備に
床へと叩きつけられるのを覚悟した瞬間、
「ーーえっ、」
蓮も和馬もふわりと風に覆われて、
ゆっくりと安全な庭へと降ろされる。
「蓮っ、和馬っ……!」
「お嬢様……!」
駆けつけてくる人達に囲まれながら、
蓮は何が起きたのかを確かめるために
顔を上げた。
こんなことが出来るのは限られているーー。
巨大な闇が再び咆哮ともとれる
叫び声を上げた。
そしてそんな闇に顔色1つ変えることなく、
対峙する白い影。
凛は結界の中に巨大な闇を閉じ込め、
その咆哮ごと封じてしまう。
そうして胸元のロザリオを
巨大な弓矢へと変化させ、
封じ込めた闇へと向かって矢を射た。
次の瞬間、巨大な闇は割れて崩れ去り、
煤にまみれ火傷をおった女性の姿へと
変化する。
それは蓮の叔母に間違いなかった。
落ちる女性を受け止め、
凛は到着していた救急隊員へと引き渡す。
目の前で起きた出来事に呆気にとられていたが、
すぐに隊員達は動き始めた。
女性の身内へ呼び掛けを始める隊員に、
香坂の執事が身内ではないがと手を上げ、
質問へと答える。
明臣がそれどころではないのを
感じ取ったが為の行動だった。
明臣は重傷を負った和馬が運び込まれた
救急車の中で涙を流していた。
「ーー俺のこと、
どうでも良くなったんじゃないのか。
だから俺から……」
明臣の言葉に和馬は痛みを堪えながら、
ため息をつく。
「独りよがりだよ、ただの。
……あの人がいなくなれば、
お前はもっと楽に生きられるんじゃないかって、
そう……思っちまったんだ」
和馬の言葉に明臣は怒鳴る。
本っ当にバカだなお前はっ!!と。
「うっせぇなぁ……」
「ーーお前が居ない方が堪える、
バカみたいだ……眠れもしない」
「……ハハッ、マジで……、
お前もバカだなぁ……」
微かな声で呟く明臣に、
和馬の目にも涙が滲む。
「こんな腕じゃ……触れられねぇわ」
「自業自得だ。
ちゃんと治して戻ってこい」
そう言って明臣は触れられない代わりに
和馬の額に自分の額を重ね、
隊員へとお願いしますと声をかけて
救急車から降りた。
「ね?私の出る幕なんてないでしょう?」
「へぇぇ、なるほどねぇ」
明臣が救急車から降りると、
ニコニコした蓮と、
白いシスター服を着た美しい少女が
ニヤニヤして明臣を見ていた。
どうなら明臣と和馬のやり取りを
一部始終、見ていたらしい。
「明臣お兄ちゃん、紹介するね。
私のルームメイトで親友の藤咲凛さん」
「初めまして」
凛と呼ばれた少女はシスター服の裾をつまみ、
流れるような仕草で明臣へと頭を下げるのに、
明臣も習って自己紹介をする。
「さてまだまだやることもあるし、
藤咲さんは後日、ゆっくりとうちに招待しよう」
「そうだね、まだ少し戻るの
先になりそうだけど」
「仕方ないわ、待ってるから」
凛がそう言うと蓮は表情を綻ばせて笑う。
「凛、助けてくれてありがとう!」
「俺からも感謝する。
蓮と和馬を助けてくれてありがとう」
蓮と明臣のお礼に凛は肩を竦める。
凛としては当然のことをしたまでだ。
真摯に向けられる感謝は酷く、こそばゆい。
緊急案件として特例で文字通り
飛んできた凛だ。
ようやく到着した佐藤の車から
南城も出てきて蓮へと駆け寄った。
日常に戻るまで、あともう少しである。
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