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藤咲 凛
香坂蓮が嫌いだった。
彼女はいつだって人に囲まれていた。
成績は普通。実地試験は中の下。
恐らく天使になんてなれないだろう人。
なのに彼女の周りにはいつも人で賑わっていた。
わたしは誰よりも天使に相応しい。
歴代の天使の中でも優秀で、
成績は勿論、実地試験でも常にトップ。
誰にも負けたことはない。
だけど1人だった、
だから1人だった。
人間なんて自分より秀でた人間を
鬱陶しく思うものよ。
あの頃のわたしは自分を守ることに頑なだった。
ただ自分からは
話しかけられない臆病者のくせに。
傷つくのが怖いから、
傷ついていると思われることすら怖いから、
平気なふりをし続ける。
蓮と知り合って、わたしの世界は一変した。
嫌いだったのに、
嫌いだと思っていたのに、
そう、思っていたかったのに、
蓮はわたしの醜い心なんて知らないまま、
話しかけてきた。
笑みを浮かべて、
ころころと表情を変えて...、
気づけばわたしは貴女に夢中になっていた。
香坂蓮と過ごすようになって数日、
わたしは蓮の友達数人に呼び出され、
空き教室のロッカーへと閉じ込められた。
蓮の友達である彼女達は
わたしが嫌いだったから、
嫌いなわたしに蓮を盗られるのが、
どうしても許せなかったのだ。
正直、彼女達の気持ちは解らないでもなかった。
わたしは何度か彼女達の説得を試みたが、
彼女達はわたしの言葉になんて耳を傾けない。
わたしが怖がり怯えるどころか、
落ち着いて話しかけることは火に油を注いだ。
ロッカーの外側から浴びせられる罵詈雑言。
わたしはどうしようと悩む。
……力を使えば、恐らくはロッカーを
壊すことも可能だし、出ていこうと思えば、
すぐに出ていける。
けれど学校の備品を壊せば、
隠しておくことはまず出来ない。
それも力を使えば大事になることは
目に見えていた。
そうなれば彼女達は停学、
下手すれば退学だ。
流石にそれは気が引ける。
わたしはわたしの性格が悪いと
自覚しているので、
蓮よりは彼女達の方に共感できるのだ。
……自分達が一番仲良しだと信じてた。
なのにポッと出の女が、
その一番の座に収まろうとしている。
逆の立場ならわたしだって、
心穏やかには過ごせない。
……どんな手を使っても、
繋ぎ止めておこうとするかもしれない。
「何をしているの?」
ロッカーの外、ピタリと静まり返った。
声の主は蓮。
放課後も約束していたし、
わたしのことを探してくれて
いたのかもしれない。
ガチャリとロッカーが開けられる。
そこそこに中は暗かったから、
思わず顔をしかめた。眩しい。
目を細めて開けてくれた蓮を見れば、
蓮は泣きそうな顔をしていた。
「……あの、誤解だよ?」
「ちょっとふざけてただけで、ね!」
「そうそう」
泣きそうな顔は一瞬で変化して、
蓮は見たこともない冷たい瞳で振り返る。
「ふざけてって言えば
許されるって思ってるの?
それこそふざけてる」
蓮らしくない冷たい言葉に声音に
彼女達は驚いていたし、困惑していた。
すぐに足音が聞こえてきたかと思うと、
駆け込んできたのは先生達だ。
わたしをロッカーに閉じ込めていた
子達の顔が今まで以上に強張る。
「何があったんですか?」
そう尋ねてきたのは
わたしのクラスの担任教師。
彼女達には彼女達と蓮の担任教師が
尋ねていた。
「彼女達が藤咲さんを
このロッカーに閉じ込めました」
蓮は迷う素振りもなくそう言うと、
持っていたスマホを取り出して、
撮っていた動画を再生した。
それは途中からだったけれど、
彼女達のわたしへの罵詈雑言も、
わたしか彼女達へと話しかけるのも、
きちんと撮られており、
先生達は深刻な表情になって、
彼女達に話を聞くために別室へと
移動するよう指示する。
「何でっ、何でよレンッ!」
「私たち、友達じゃないの?!」
「こんなのヒドイッ」
泣きながら口々に蓮を責め立てる。
先生達やわたしが彼女達を制するより先に
蓮が口を開いた。
「自分達のしたことは
ヒドいことじゃないの?」
「私たちのは冗談じゃない!」
「そうだよ、
全然、平気そうな顔してるしっ」
「こんなのシャレにならないじゃん」
彼女達の言葉に深いため息をついて、
蓮は言葉を続ける。
「平気そうに見えるから傷ついてないなんて、
都合よく決めつけているだけじゃない!」
そして次の瞬間、蓮は大きな声で叫んだ。
「あんなことされて、平気なはずがない!!」
涙を流しながら。
「シャレにならない?
それをしたのは貴方達だよ!!」
息を切らしながらボロボロ涙を流す蓮。
わたしもいつの間にか
泣いてしまっていることに気づく。
1人で居ることに慣れすぎて、
わたしは自分の感情自体に
鈍くなっていたみたい。
今更ながらに手が震えた。
怖かったのだと、ようやく気づく。
それと同時に、
わたしのことを私より先に気づいて、
怒って泣いてくれたことが、
嬉しかった。
蓮と一緒にいると、今までとは違う。
わたしではないみたいな、
わたしばかりを見つけてしまう。
蓮の友達であった子達は謹慎処分と
なったけど、結局、学校を辞めて、
ここから出ていってしまった。
閉鎖された環境で、針の筵の状態で、
数年を過ごすのには耐えきれなかったのだろう。
この出来事があって、しばらくしてから
わたしの担任教師が言った。
「いい友達が出来たようで良かったです。
……香坂さんと仲良くね」
あまりにも満面の笑みで言うから、
わたしはついつい、言い返してしまう。
「別に友達じゃないわ」
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