初めての現場

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初めての現場

蓮は高校の制服を着たまま、 学園の駐車場で先生と一緒に 凛が来るのを待っていた。 今夜は凛の現場の日であり、 蓮は見学として同行することになっている。 運転席に座っている先生は 訪問用にスーツを着ていた。 「お待たせ」 そう言って後部座席の蓮の隣へと 座った凛は天使用のシスター服を 身に纏っている。 白く装飾は首からかけたロザリオのみ。 シスター服は凛の顔立ち以外の 全て隠している。 「凛、とっても綺麗……! すごく似合ってる」 「それはどうも」 蓮が屈託なく手放しの賛辞は 褒められられている凛にも 照れくささを覚えさせ、 つい素っ気なく返してしまう凛だ。 そんな凛の照れ隠しを蓮は解っている。 「事前に説明は受けたと思うけど、 まだ見学の蓮には依頼者や当事者の 個人情報は教えられないわ」 走る車の中でおさらいも兼ねて説明する 凛に蓮は真剣な顔で頷いた。 「事情は理解できないだろうけど、 とりあえず仕事の流れを 知って貰うためのものだから」 「はい、よろしくお願いします」 友達と言えど、この場で凛は 天使としての先輩だ。 蓮は返事と共に座った状態ではあったが、 深く頭を下げる。 ほどなく目的地へと車が着き、 蓮と先生、そして凛が車を降りた。 先生と凛は依頼者である人と話をして、 すぐに先生は蓮の傍へ、 凛は処置へと向かうのだろう、 閉鎖されている場所へと向かう。 「私達も行くわよ」 「はい」 囁くような声でやり取りをし、 人気の無くなったビルへと 凛の後を追って先生と共に蓮もついていく。 恐らく普段は会社として 機能しているのだろう建物。 中に入った瞬間、蓮は異常に気づいた。 明らかに空気が違ったからだ。 ここには闇がいるーー、 それをハッキリと感じ取った。 そしてその暗く重い空気は足を進めるほどに 増していく。 少し先を行く凛の背中がよく見えないほどの 濃い濁った空気がフロアに充満していた。 「大丈夫?」 「ーーはい、」 先生が振り返り、蓮の体調を確認する。 緊張はしていたが、 気分が悪くなったりはしない。 それに安堵しながらも、 これからここで何が起こるのか、 落ち着かない気持ちを抑えるだけで、 蓮は精一杯だ。 闇が発生したフロアには 巻き込まれたのだろう人達が倒れている。 先生と共にすぐに安否の確認をした。 すぐには運べないが先生が人々が 無事だろうことと、 運ぶべき人数を外の人達へと知らせる。 こういった連携も速やかに 行わなければならない。 本当に天使とは責任重大な務めだと、 蓮は実感した。 今夜の蓮の役目は凛の仕事を見学すること。 凛に迷惑をかけないよう、 闇の意識の外を確認しながら、 距離を詰めすぎず、離れすぎないよう 気をつけながら蓮は凛を注視した。 そして凛が足を止めると同時に、 巨大な壁のような闇が蠢くのが見える。 闇の中には引き込まれてしまったのだろう、 人の姿があるようだ。 闇の中から足や手首が 見えているのは中々にホラーな光景だった。 蓮は思わず声を上げそうになるのを 自分の両手で抑えて堪える。 凛は大丈夫なのだろうかと、 蓮は凛へと視線を移し、息を呑んだ。 凛に動揺は一切なかった。 ただ静かに闇を見つめ、 胸元のロザリオを握りしめる。 その瞬間、凛は光に包まれた。 光は徐々に大きく膨れ上がり、 巨大な闇さえも呑み込んでいく。 凛の手の中、ロザリオが形を変え、 短剣となる。 凛はロザリオの短剣を掲げ、 一閃で闇を祓ったのだった。 パンッと音が上がり、 弾かれたように蓮は意識を戻した。 「戻ってきた?」 目の前には凛の顔。 どうやら顔の前で両手を叩かれたようだ。 すぐには理解できず、ゆっくりと起き上がる。 車の後部座席に寝かされていたらしい。 凛に膝枕をされていたようだった。 「私……」 「闇を祓うと同時に倒れたのよ」 「ごめん、迷惑を……」 朧気だけど前後を思いだし、 蓮はやってしまったと頭を抱える。 「気にすることないわ、 あんまり集中していたから引き込まれたのね」  具合は悪くない?と聞かれ、 蓮は頷いた。 「今夜の闇は最低ランクのFよ、 本来なら私が出る必要すらないんだけど、 見学するには丁度いいかなって」 「ーーそうなんだ」 人の心の闇と向き合うということは 想像よりもずっと凄惨な現場に出向くのだろう。 凛の涼しい顔を見ながら蓮は 自分もその入り口に立ったのだと自覚する。 車の外は未だ人が賑わっていた。 巻き込まれた人々の搬送やらで、 忙しなく動いているようだ。 「事後の手続きは先生がしてくれているから、 それが終わり次第、私達は帰りましょう」 身体を解すように凛は腕を伸ばす。  蓮は外を眺めながら、 1人、ポツンと座る女性がいるのに気づく。 「あの人は……」 「あぁ、あの人が今回の闇よ」  凛の言葉に蓮は驚いた。 「闇は人の心よ、だから発生源は人」 言われてみれば当たり前である。 蓮は所在なさげに毛布にくるまっている、 女性を見つめた。 「あの人、どうなるのかな」 「まぁ会社には居られないかもね。 ……カウンセリングを受けて、 それから社会復帰を目指すことに なると思うけど」 そこは天使には関わりのない部分だ。 蓮はがチャリと車のドアを開けたかと思えば、 その女性の元へと駆け寄った。 何をするつもりなのかと、 凛は止めるべきかと迷い、 ドアを開けようとしたところで止める。 蓮が駆け寄ったのは女性ではなく、 その女性の傍にあった自販機だったからだ。 ーー飲み物を買いに行っただけ? このタイミングで?? 不可解な蓮の行動に戸惑っていると、 飲み物を買ったらしい蓮が女性と 何か話している。 内容は聞こえなかったし、 そう長くもないやり取りだった。 蓮が飲み物を持って、 車へと踵を返した瞬間、 蓮から飲み物を渡されたらしい女性は そっと笑みを浮かべる。 それは単純に温かい飲み物に 綻んだだけかもしれないが、 それでも闇を産み出した人間が、 その直後にあんな和らいだ笑みを 浮かべたとこなんて凛は見たことがなかった。 凛と先生、それから自分の分の 温かい飲み物を持って戻ってきた蓮に 凛は尋ねる。 「何を話したの?」 「話したっていうか……間違って買ったから、 よかったらどうぞって言って渡しただけだよ?」 凛はアップルティーかな?と差し出してくる 蓮にお礼を言いながら受け取った。 ーーそれだけ? 「凛、お疲れさまでした」 そう言って笑う蓮に凛は納得して笑う。 きっと蓮は女性にも同じように お疲れさまでしたと笑って差し出した。 それだけのことが、女性の何かを 救ったのだ。 あの日、嫌っていたはずの蓮から 笑いかけられ絆されてしまった自分のように。 「とんでもない人タラシね」 「?凛、何か言った?」 「なーんにも」 ちなみに事後処理を終えて戻ってきた 先生はまたお疲れさまでしたと蓮が飲み物を 差し出しすのに泣きそうになったとか。 この世の中、皆、疲れきっているのだと 凛は深いため息をついたのだったーー。
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