蓮の問題②

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蓮の問題②

今回の現場は様々な要因が重なって起きていた。 1つ1つはよくある事なのだ。 ブラックな仕事による疲労困憊、 社内恋愛における泥沼化、 そして不倫。 引き金となったのは上司と不倫をしていた 部下の女性による自殺だ。 不倫相手だった上司は左遷、 上司の妻は離婚し出ていったらしく、 闇とは関わりがないことは確認されている。 闇の発生は上司が左遷された 部署でのことだった。 そもそもブラックな業務で 疲労困憊のところに 同僚が自殺をしたというショッキングな事件。 精神的なバランスを崩すのも当然である。 しかし会社側は対策を打つこともなく、 人員が減ったことで更に 個人の負担は増していった。 当然、作業効率は落ちるが、 お構いなしに従業員に罵詈雑言浴びせた、 この会社の社長が恐らくは撲殺された。 そして会社そのものが闇に呑み込まれ、 現在まで立ち入り禁止となっている。 どの人物が闇を発生させたかも定かではない。 社長の死も確認されてはいないが、 逃げ出した人達の話から推測するに、 既に死亡している可能性が高いという話だ。 「この規模を見るに複数の人間が闇を 発生させたと見るべきね」 資料を読み終えた蓮が顔を上げると、 凛が立ち入り禁止となった会社を 見上げながら言う。 「蓮、大丈夫?」 「……うん」 天使用のシスター服を身に纏った蓮が頷く。 今はもう蓮も見習いだが天使としての 仕事を受ける立場だ。 祓うことは出来ずとも、 サポートはこなさなくてはならない。 ぎゅっと胸元のロザリオを握りしめる蓮に、 凛はそっと手を差し出す。 「大丈夫だから」 「ーー」 笑みを向けた凛に蓮は 強張っていた表情を和らげた。 笑ってその手を握り、2人で、 闇に呑まれた建物へと入った。 勿論、教師2人も続いて入る。 中に入ると同時に凛はロザリオを短剣へと 変化させ身構える。 教師2人もそれぞれに己のロザリオを 武器へと変化させているのに、 蓮もそっと己のロザリオを握りしめた。 ロザリオは持ち主に合わせた武器へと 変化するが蓮はまだ祓ったことがないので、 ロザリオも変化したことがないのだ。 凛の予想通り、中には闇が溢れていた。 そもそも追い込まれていた 人間ばかりだったのだろう。 1つの巨大な闇が発生したことで、 潜在的だった闇も顕在化してしまっていた。 「ハッ!」 凛が光を纏う短剣を振ると、 黒い闇が散り散りになる。 佐藤や南城も学園の教師に 選ばれる天使なだけあり、 久しぶりの実戦とは思えない動きで、 次々と闇を祓っていく。 蓮も学んだ術を使い、闇を足止めしたり、 派生した瘴気を霧散したりは出来るが、 それくらいしか出来なかった。 3人の体力には限界がある。 少しずつ息が上がっていく3人に、 蓮は必死にロザリオへと力を込めた。 こんな状況になっても、 まだ自分は覚悟が出来ないのか。 何も出来ないまま、終わりたくないのに。 「蓮、焦らないで」 蓮の焦りを感じたのだろう凛が声をかける。 「これくらいどうにでもなるから、 貴女はしっかりと自分の内側と向き合うの」 「……凛」 「祓うことに疑問も抱かなかった わたしと貴女は違う。 戸惑いや疑問があっては 出せる力も出せないものよ。 それは貴女が考えて答えを出すしかない」 そう言うと凛は教師2人へと声をかけた。 「今からしばらく、2人で堪えてください」 「えぇ~、だいぶシンドイから早くね」 「南城先生!あまり長くは無理よ」 不満げな声を上げた南城を諌めつつ、 それでも事実を佐藤は告げる。 凛が集中し、外からの攻撃に無防備となるのに、 佐藤と南城は防御範囲と攻撃範囲を広げた。 「すごい……」 思わず蓮は呟く。 佐藤と南城はあまり性質的に 合うとは言い難い者同士だ。 特に佐藤が南城を苦手としてるのは 学園の生徒ならば誰もが知っている。 それなのにまるでお互いの呼吸まで 解っているかのように、 2人は互いに背を預け合い戦う。 凛は1人、集中して力を貯めている。 自分だけ何も出来ない。 また焦りそうになるのを堪えて、 蓮も自分自身へと集中する。 闇が呑み込んだ空間の中では、 呑み込まれた人々の思念も蔓延っているものだ。 そちらへ簡単に引きずられていては祓うことは 出来ないのでまず初めに、 決して、人々の思念へと意識を 向けてはいけないと教えられる。 けれど蓮はどうしても、 その声を無視することが出来なかった。 祓うことに集中しようとする程に、 思念の声は強く蓮に語りかけてきたから。 私の戸惑い、内にある疑問、 それはーー、 「えっ」 思わず声を上げたのは南城だ。 うっかりと動きも止めていたが、 問題はなかった。 既にこのフロアの闇達は 動きを止めているからだ。 佐藤も、凛も黙って見つめた。 闇の動きを止めた柔らかい光を。 そしてその中心にいる蓮を。 蓮は動きを止めていた闇達へと手を伸ばす。 闇は次々と蓮の元へと集まり、 そしてその黒く淀んだ姿を変化させる。 「……まさか、浄化してるの?」 呆気にとられている南城の声。 佐藤は勿論、凛も声を出せない。 浄化は祓うよりも上位の手法だ。 そして浄化まで行える天使は数十年単位で 現れていない。 闇は自ら蓮の元へと集まり、 そして白く姿を変え、 己の戻るべき場所へと戻っていく。 倒れていた人々が意識を取り戻し始めた。 佐藤と南城は急いで救護の手配を始める。 凛は柔らかい、温かな光の中で、 闇を浄化していく蓮の姿を見つめ続けた。 その姿こそが、人々が羨望する天使そのものだ。 すべての闇が浄化されると同時に、 光はゆっくりと蓮の中へと戻っていく。 そうして蓮の身体が倒れるのを凛は支えた。 といっても1人を支える力などないので、 頭を床に打ちつけないようするのが 精一杯だったが。 スヤスヤと寝息をたてて眠る蓮を見て、 凛はやれやれと息をつく。 「ーーどうすんの、これ……」 浄化を行える天使の再来。 ここまで派手に浄化をすれば、 隠しておくことも不可能。 祓えない問題より更に厄介な問題が 発生したのだった。
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