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蓮の問題③
蓮が浄化を行える天使だと発覚して数日ーー、
学舎は天使を育てる為の施設で、
関係者以外はまず入れないし、
特に男性は身内でも立ち入りが制限される。
一般的に天使の存在は秘されており、
基本、天使となる為の学舎に通うのは
関係者の子女であることがほとんどだ。
ちなみに凛は代々、天使を排出する
女系一族の1人である。
その中でごく稀に一般人の中から、
たまたま天使適正を関係者に見いだされ、
学舎へとやってくる者がいる。
香坂蓮はその稀な生徒だった。
天使の関係者達は数十年ぶりの、
浄化を行える天使の発現に沸いたが、
そもそも蓮の学舎への入学を快く、
思っていなかった蓮の保護者が、
それに理解を示すわけもない。
「蓮さんの能力は本当に
稀なものでして……」
蓮の担任である南城、学年主任を務める、
凛の担任の佐藤も一緒になって、
その希少さを説明するが、
蓮の保護者である叔母は
まったくもって聞く耳を持たなかった。
「いいからさっさと蓮を出してちょうだい!
……どうしてもと言うから入学させたというのに」
着物を着た顔立ちは蓮に似ている気もしたが、
寄せられた眉間や、他人を蔑むような
目つきは全く似ていなかった。
「あの子はうちの息子との結婚が
決まっている身なんです!
これ以上おかしな人達と
付き合わせるわけにはいきません」
南城が思わず言い返しそうになったが、
それは佐藤によって止められる。
「さっさと蓮を連れてきなさい。
あの子は我が香坂家の当主である
息子の嫁なんです。
……親のいないあの子を引き取っただけでなく、
当主夫人として迎えいれようとしてるのに、
こんな面倒を起こすなんて」
もう一度、しっかりと教育しなきゃと呟く。
南城を止めていた佐藤の手もこれ以上なく、
握りしめられた。
まさか蓮の保護者がこんな人物だったとは
誰も予想できなかった。
蓮は何の苦しみも知らないように笑うから。
てっきり愛されて育ったのだと、
学舎の者達は思っていたのだ。
「残念ですが1度、天使としての適正を
認められた以上、正式に天使となるか、
もしくは自身で諦めるかでない限り、
この学舎から出ることは出来ません。
これは入学前に保護者の方にも説明を
させて頂いております」
佐藤の言葉に蓮の叔母の眉が更に跳ね上がる。
佐藤も南城も退くつもりは一切、ない。
この学舎にいる生徒を守るのは教師の役目だ。
ましてやこの叔母の元で蓮がどんな扱いを
受けているか予想できぬほど愚かではない。
香坂は旧財閥の家柄で現在も政財界へと
大きな影響力をもつ家だ。
だが個人としては敵わずとも、
1財閥に口出しを許すような、
貧弱な組織ではない。
実際、学園側からも何としても蓮を
引き留めるようにお達しが出ている。
無言で見つめ合う3人。
その均衡を破るように応接室のドアが開いた。
「ーー香坂さん!」
南城が立ち上がる。
蓮はボストンバッグを手にしていたからだ。
「お待たせして申し訳ありません、叔母様」
頭を下げる蓮に叔母はため息をついて
立ち上がると、蓮の元へと歩み寄り、
その頬を平手で打ちつけた。
「私を待たすなんて、少し会わない間に、
随分と偉くなったのね」
「……申し訳ありません」
「それしか言えないのかしら、
本当に鬱陶しいわ」
こんなのを嫁として迎えるだなんてと
叔母は着物の袖で口元を覆いながら、
ため息をついて教師達を振り返ることもなく、
応接室から出ていく。
「待って、香坂さん!
……貴女はどうしたいの?
貴女がここにいたいならそれでいいの!」
「そうよ!絶対に守るから、だから」
南城と佐藤が蓮の腕を掴んで引き止める。
けれど蓮はその手を振り払って、
足早に叔母の後を追う。
一瞬だけ見えた蓮の瞳は涙が溢れそうに
なっていた。
「香坂さん!」
南城の声に足を止めることなく、
蓮は叔母と共に車へと乗り、
学舎から走り去る。
「……なんで、」
「ーー」
「佐藤先生、南城先生」
追いかけたまま立ち尽くす
南城と佐藤の元に凛がやってきた。
「叔母は粘着質で敵に回したり、
起こらせたりしたらとても面倒らしいです。
まぁ見れば解る感じですけど」
肩を竦め、ため息をつく凛。
その様子に焦燥も悲壮もない。
「“どちらにしろ叔母を説得しなきゃ、
埒があかない。
少し時間を下さい”ってことでした」
凛が蓮からのメモを教師達へと見せる。
「そう……戻ってくるのね」
「でも大丈夫かしら、あの人、
大分あれだったけど」
「ーーもし蓮が助けを呼ぶなら、
私は駆けつけますよ。
……学舎の禁忌を犯しても」
通常、生徒が天使の任務以外で外出をするのは 休日の昼のみで後は許可制だ。
勝手に外出することは退学にも
なり得る禁忌である。
「応援するわ~!」
「いやいや、そういうことは
表だって言わないの!」
南城を諌める佐藤も全然、凛を止めてなくて、
凛は思わず笑う。
『凛、私を信じてくれる……?』
そう言って握ってきた蓮の手は震えていた。
幼い頃から叔母のあたりはキツく、
その恐怖は蓮に刻みついている。
……そんな叔母と向き合うのはとんでもなく、
苦痛のはずだ。
それでも蓮が信じて、と言ったから、
凛は蓮を信じる。
胸元のロザリオを取り出し、
そっと額を中心の飾りに触れさせた。
祈る時の仕草だ。
「神様……どうか蓮をお守りください」
それは蓮が初めて神に祈った瞬間だった。
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