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確かに最初は全力の体当たりだった。勇気を振り絞って稔に渡した、仕事以外のペラ一枚。
「あれ、一枚違う書類が混ざってますが」
「あたし自身の弁護要請書です」
「『仕事上の関係者の言動が心に刺さった為、損害賠償を求めます』?」
「あなたのテキパキ事を進める姿に胸が焦げました。付き合ってください!」
稔は目を丸くしたが、やがて笑みを浮かべ、その書面に判を押してくれたんだ。
「下手な嘘はダメだね。僕もちゃんと全力で好きな子に向かわないと」
「誠也君、何か嘘ついたの?」
「それが失敗だった」
「あたしもだよ。いつも言い込められてるうちに言いたいこと言えなくなって――それでくだらない嘘ついて拗れて」
「なら一緒に頑張……あっちょっと、え? いつもの人と違――」
「誠也君? どうかした?」
返事はなく、数人の足音と不穏なざわめき。唐突に電話は切れた。
「……何だろ」
今すぐ誠也君が言いかけた「一緒に頑張」をしなきゃいけない気がした。だから、駆け出していた。
稔の弁護士事務所はまだ煌々と電気がついていた。
伝えよう。大事に全力で。もう一度。
一歩踏み出したとき、黒ずくめの男が三人急に現れ、前を遮った。
「岬佳奈さん、ですね。現時点で28歳」
「え?」
「確保」
手首に手錠。
「ど、どういうこと? あたし何で」
「君には黙秘権も拒否権もない」
「えええ?」
変な形の車に押し込められたかと思うと、急に景色が歪んだ。窓の外は不透明になって何も見えなくなり、ジェットコースターのようなGがやたらにかかった。激しい轟音が他の全てを消した。
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