4人が本棚に入れています
本棚に追加
気付くと手首から手錠がなくなっていた。あの変な車も時間警察もいない。
「やっぱり足りないな」
カチャカチャ鳴っていたのは、あたしの手の中の泡立て器。生クリームを混ぜる音だった。目の前には大スポンジのタワー。
「だから言ったろ。自分で作るなんて非効率だ。専門業者に頼めって」
「み、稔? 何でいるの?」
「手作りウエディングケーキが間に合わないって呼びつけたのは佳奈だろ」
「総理なのに?」
「何言ってる? 俺は明日の式に向けていっぱいいっぱい。冗談に付き合う余裕はない」
「あたしと稔、結婚するの?」
「えっ……今更心変わり?」
「そ、そうじゃない……今、何年?」
「だから2024年。おかしいぞ、こないだの超長文メールから。未来がどうとか狸とか」
「それって」
「だから。お前が変だったから、俺そのまんまプロポー……」
いつだって明瞭で明快な稔が、語尾を濁らせた。
伝わったんだ、あたしの想い。あの全力のメールが、2054年の総理にじゃなく、ここにいる稔に届いたんだ。
あたしは、涙でかすんで消えないように、稔の腕をしっかりと掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!