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いつも同じ夢を見る。
いつからだろう?
見た事のある夢を繰り返し見ている。
気のせいかと思っていたが、やっぱり同じだ。
現実と夢の狭間、心地良いまどろみの中、
私は夢へと落ちていく。
そして途中で気づくのだ。
またこの夢だ、、、。
雨がしとしと降っている。
私は傘もささずに1人歩いていく。
霧のような靄がかかり、辺りは真っ白だ。
現実では一度も行った事のない場所。
けれど、私はこの場所を知っている気がする。
いつも夢に出てくるこの神社。
鮮やかな朱色の鳥居に大きなしめ縄、横にはオオカミのような狛犬。
鳥居をくぐろうとしたその瞬間、、、
前から大きな白い物が飛び出してくる。
怪物の様な、おばけの様な、得体の知らない物にびっくりして怖くなり、逃げ出すと追いかけられ、私は何故か下へ下へ落ちていく。
いつもそこで目が覚める。
また、同じ神社、同じ夢だ。
私は汗をびっしょりかいている事に気づく。
一体あれは何処なんだろう、、、。
中学二年の七月。
母が死んだ。
急だった。癌が発覚してからまさかの三ヶ月。
あまりの展開の速さに、私は感情が全然追いついていかなかった。
母は元々病気とは無縁のような人で、風邪も引いた事もなかったし、仕事も塗装屋で、体育会系の仕事をしていた。
私の父は、私が小さい頃に事故で亡くなっていて、私と母は二人で東京で生きてきた。
母はいつも明るく、小さな事でも大口を開けて楽しそうに笑う人だった。
『笑う門には福来たる』
そう言って、大袈裟に笑う事で福を呼び寄せているような人だった。
だから、母と二人でも私は全然寂しいと思った事がなかった。
いつも2人で笑っては、母の得意なご飯を食べて、私は何不自由なく成長していった。
しかし、母が病気になりその生活が一変した。
母は直ぐにご飯が食べらなくなり、吐く様になった。
身体もどんどん痩せていき、顔も浅黒くなっていった。
それでも、母は私に向けて笑顔を絶やさなかった。
しかし、笑っていられる程、状況は良くない事を私は感じていた。
もし、母が死んでしまったら。
そんな事考えるのも嫌だったが、状況的に考えざるえなかった、、、。
今まで、二人きりで生きてきたのだ。
母がいなくなったら、私はどうやって生きていけばいいの?
言いようのない不安が心の中を渦巻く。
母は今まで親戚付き合いを、殆どしていなかった。
父方の親戚とは、何回か会った事があるが、母方の親戚とは会った記憶がなかった。
自分は施設のような所に入れられてしまうのだろうか、、、。
そう思うと、気分は重く、母の死はまるで、自分の人生の終わりの様な気がしていた。
受け入れがたい。
私は現実から目を逸らし、なるべく家に帰らない様になった。
母の姿を見てしまうと嫌でも"死"実感してしまうから、逃げたのだ。
なるべく友達と過ごし、母が病気の事を忘れたかった。
残り少ない母との時間だと頭ではわかっていたが、認めたくなかった。
母は私との時間の為に、最後まで在宅で治療する事を選んだのに、殆ど1人にさせてしまった。
そして、ある日学校に連絡がきた。
母が、もう危ないから帰るようにと。
私は、家まで夢中で走った。
走りながら、まるで自分の足が自分の足でない様な不思議な感覚になった。
そして、自然と涙が溢れて止まらなかった。
頭の中で繰り返し思い出されるのは、全て特別な思い出ではなく、日常の一コマのようなありきたりな場面だった。
『お帰り。』
とご飯を作りながら私に向かって微笑む母や、
朝早くから仕事に行く為に、私を起こさない様に静かに仕事の準備をする母の姿。
毎日、毎日繰り返されていた当たり前の事が、もう二度と繰り返される事はないのだと気づき、私は寂しくて寂しくて仕方なかった。
家に戻ると、先生や看護師、父方の親戚の叔母がきていた。
私は直ぐに母に駆け寄る。
母はもう目を開けているのもしんどそうだった。
「お母さん!お母さん!」
私が泣きながら叫ぶと母が
「大丈夫だから、安心して。笑ってね。」
その言葉が最後の言葉だった。
母は私の手の届かない、遠くへ行ってしまった。
七月、蝉が一斉に鳴き始めた。
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