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自宅マンションに着いた頃には涙は止まっていたが、真由には
「目が赤くなってる」と、言われた。
「目薬いる?」とも言われて「いらない」と、返した。
玄関でコートを脱ぐと台所から夕食の匂いが漂ってきた。
食卓テーブルには中華料理が並べられている。
「これとこれは温め直したほうがいい?」と、聞かれて「いらない」
と、手を洗ってからテーブルに着いた。
真由は葬儀で泣いた後、ずっと泣いていない。
「養育費がいらなくなったぶん、贅沢しようね」なんて言って
食材を大量に買い込んで料理を作りまくる。
もちろんそれが本心だなんて、俺はとらえていない。
彼女は「なにかしてないと気が済まない」という壊れ方をしているのだ。
専業主婦として部屋中の掃除も片付けも無意味なほどやっている。
今夜の料理も餃子まで手作りで用意されていた。
艶のある緑と赤のピーマンに豚肉がからめられ、かに玉あんかけもある。
鮮やかな色は食欲をそそるが、俺には味がしない。
メンタルがやられると味覚がなくなる、それになっているらしい。
「これには隠し味があってね」とか「そっちは醤油をつけて食べて」とか
真由はテーブルに着いて向かい合った状態で、俺に言ってくる。
何を食べているのかよくわからないまま、残すのは勿体ないと食べ尽くす。
それが空しくなって泣いたりもする。
「これ、ちょっと辛いね」なんて言って咳までして誤魔化す。
ティッシュで鼻をかみすぎて鼻の横が擦り切れている。
その痛みにも泣けてくる。
だけど、どんなに泣いても泣いても悲しみが流れ去ることはなかった。
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