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2.父の望み
幸い、ニルが寝てしまっても私の意識は眠らないでいられた。ニルが支配したままの私の体は、さっきまで殺された事を震えながら話していたとは思えないほど、穏やかな寝息をたてている。
(すぐ寝るなんて、意外と度胸があるのね)
先程までの会話で、ニルという少女は気が弱く、たとえ自分が悪くなくても、責められればすぐに謝罪するような性格に思えた。でも、急な展開に動揺していただけで、実は違うのかもしれない。
(まあ、いいわ。話が通じないような子じゃなさそうだし。御し易ければ構わないわ)
ニルがすぐに私の体から出ていくとは思えない。それまでは、私の言う通りに動いてもらわないといけないのだ。
まさか死人に体を乗っ取られるなんて。人は死んだらそこでお終い、そう思ってきたのに。
(王妃候補を蹴落とすだけでも面倒なのに、あんな田舎娘を令嬢に仕立て上げなければならないなんて)
我が家、というより父が一方的に目の敵にしている家、そこの娘が王妃に選ばれては困るのだ。私はそれをどうやってでも王妃に選ばれないようにするのが、私の使命。
無茶だが、やるしかない。中身が違っても、姿は私なのだ。ニルが何かしでかしても、周りからみれば私の失態にしかならない。父がそれを許すわけがない。私の事など、いつ死んでもいい駒としか思っていない父なら。
でも、あんな子に何ができる?指示を出したところで、醜態を晒し、目的も遂げられず、途中で城から追い出されてしまうかもしれない。
(父様を怒らせてはならない……それだけは……決して……)
いつもなら痛むはずの胃が、今は何も感じない。きっと意識だけになったおかげなのだろう。
(私が罰を受けるのは構わない……でも……父様を困らせるような事は……)
そうしているうちに私の意識も眠りに落ちたようで、私は、世話をする侍女の声で意識が覚醒した。
体は相変わらずニルの支配下にあり、目をこすって寝ぼけた様子の彼女は、侍女にされるままだ。
(夢だったらよかったのに)
無情な現実に絶望する。いっそこの意識も消え、ニルに全て譲り渡してしまいたい。自らで死にゆく勇気さえない私が望めるのは、他者による終焉しかない。
でも、意識がある以上、私は私に課せられた役目を全うするしかない。私はニルに語りかける。
『ニル。なるべく大人しく私の言う通りに動いてちょうだい。いいわね?』
「はい……できる限りご迷惑をおかけしないように……頑張ります」
……だが私の絶望は、思い切りひっくり返された。
ニルの立ち振る舞いは、明らかに上流階級のものだった。私が、ニルにとっては初対面の者について私が説明をすれば、すぐさま会話を交わし、まるで前からの知り合いであったかのように笑い合っている。最近の話題には疎かったが、そこは都度私が説明して、何とか乗り切った。
(ニル……あなたは一体、何者なの?)
だが、常に周囲に誰かがいる状況で、ニルに独り言を話させるわけにはいかない。今日の予定を全て終えて部屋に戻るその時が来るのを、私は逸る気持ちで待つしかなかった。
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