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5. 第二王子
(どうして……こんな事になるのよ……)
高熱に苦しむ荒い呼吸と、苦しそうな咳が続く。そう、私の体は今、酷い風邪をひいている。
ニルは時折意識を失うのか、私が体の支配を取り戻す事もあるが、支配を取り戻した瞬間に全ての感覚も戻ってくる。あまりの倦怠感に指一本動かすのも辛く、喉の激しい痛みで声も出せず、体を取り戻しても結局何もできないまま。
私は、悔しさと怒りが沸き上がるも、強い頭痛に邪魔されそれどころではなくなってしまった。
――
私の体がこんな目にあったのは、ニルと、そしてこの国の第二王子が原因だ。
ボート遊びをしていた第二王子が、バランスを崩して湖に落ちたの。季節はもう冬も近く、水温はかなり低い。泳ぎが得意ではないらしい第二王子は、立派な服装だったのも災いして、すぐに水の中へと沈んでしまう。
その時、誰よりも早く動いたのは、たまたま湖近くにいたニルだった。狼狽えるだけで動けない者に、丈夫なロープを持ってくるように頼み、それを待つ間、本来ならひとりで脱ぐのは大変なはずのドレスを、強引に引きちぎるように脱ぎ捨て肌着だけというとんでもない姿になると、届けられたロープの端を託し、自分は反対の端を持ったままためらうことなく湖に飛び込んだのだった。
湖を泳ぐその姿は、まるで魚のようだった。ニルはあっという間に第二王子の元まで辿り着くと、水中に潜り、沈む彼の体にロープを縛り付け、それを引くよう指示をした。
あっという間の救助劇に、誰もが呆然とするしかなかった。だが話はそこで終わらない。岸に引き上げられた第二王子は呼吸をしておらず、自力で岸まで戻ったニルは皆が見つめる中、あろうことか彼に口付けをしたのだ。
未婚の女が、人前で口付けをするなど、言語道断。そんな命の救い方があるなど、私も、周りも知らなかった。しかも相手は第二王子。慌てふためく周囲をよそに、ニルは何度もそれを繰り返し、そして第二王子は息を吹き返したのだった。
城の中へ運ばれていく王子と、すっかり忘れ去られ取り残されたニルは、寒さに震えながら、何とかドレスを着直して、ひとり城へと戻った。
そして、私の体は冷えたままでいた時間が長かったせいか、翌日、こうして酷い風邪を引いてしまったのだ。
(こんな……こんな事で……時間を無駄にするなんて……)
私にとって、第二王子が死のうがどうでもいいのだ。ここでの目的を達成する事、そしてニルから体を取り戻す事、それだけが望みなのだ。それを台無しにするニルの行動に、苛立ちが止まらない。
その時だった。部屋のドアをノックする音が響いた。侍女が訪問者を確認し、私の許可も得ず通してしまう。
だが、その訪問者を見て、その理由を理解した。慌てて起きあがろうとする私を、その訪問者は制した。
「起き上がっては駄目だ。俺の事は気にしないで。あなたの見舞いに来ただけだから」
ついさっき私が死んでも構わないと思った人物が、心配そうに私を覗き込んでいる。
ニルが命を救った第二王子が、慈愛に満ちた表情を浮かべ、そこにいた。
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