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ここは獣人の国、アルレイム。
獣とも人ともつかぬものたちが、国を成し暮らしている。
アルレイムは二つの島から成っていた。
一つは、肉食の狼が住む北の島。
一つは、草食の羊が住む南の島。
狼と羊。
相容れない二種族は、争いを避けるべく二つに分かれて生きていた。
◇◇◇
ノアは北の島に住む、狼の少女だった。
ぴんと立った耳に、紅玉の透き通った瞳。白く鋭利な牙に、艶めく濡れ羽色の毛皮。それに背反するような、優しく穏やかな性格。
狼の中でも珍しい黒狼で、尚且つ綺麗な心を持った彼女は、小さな頃から憧れの的であった。
美しい容姿や性格を、みんなからもてはやされるような少女だった。
ノアは嬉しかった。
ノアと同じ黒狼である兄は、その美しい容姿を盾に着て他の人たちを苛めるような狼だった。そうはなりたくないとずっと思っていたのだ。
ただでさえ、恐れられる狼。黒い毛皮と赤い瞳なら尚更。その気になればいくらでも、何人をも恐怖に陥れることができる。
兄はそれを選んだ。畏怖の念を向けられることが、彼の幸せだったから。
でも。
ノアはそれを選ばなかった。みんなから好かれる道を選んだ。
一人は怖いから。
みんなといれば、何も怖くないから。
そう思って、ノアはかわいらしい笑顔を浮かべ続けた。
表面的な自分しか見ていないのだろう、と幼心に感じながら。
そんな日から月日も経ち、ノアは高校生になった。親元を離れ、憧れの高校に入学した。
これはノアにとってよいことだった。兄から離れることができるのだ。邪知暴虐の王のような兄のそばにいることは、何でもかんでも自分のものを取ろうとする兄の近くにいることは、ノアにとって苦痛でしかなかった。
その代わり保護者もおらずに一人暮らしである。しかし高校に行っても持ち前の優しさと適応能力で、すぐに馴染むことができたのは僥倖だろう。そのお陰で毎日寂しいことはない。
ノアは生まれて初めての幸せを甘受していた。
そんな、充実した毎日を過ごしていたある日のこと。
分かれ道で友達に手を振り、一人で帰り道を歩いていたノアはふと何かを見つけた。
人気のない道端に、何か落ちているのが見えた。
ノアは首を傾げる。
それは、布の塊のようなものだった。野風に晒され、時折揺れ動いている。
いや、あれは風で動いているのではない。自分で、動いているのだ。
(何あれ……?)
何か生き物がいるのだろうか……?
ノアは恐る恐る覗き込んで───思わず目を見開いた。
布にくるまれた、小さな生き物。頭に揺れる狼とは違う耳に真っ白な毛皮、そしてあどけなくふっくらとした顔立ち。
(なんでここに、羊の赤ちゃんが────!?)
ノアは内心悲鳴を上げた。
まさか、捨て子?でも一体誰が?
ここ北の島に、羊はいない。血気盛んな狼が殺してしまうかもしれないからだ。それなのに、どうして。
怯えながら、ノアは羊の赤子を観察する。すると、眠っていた赤子が目を開いた。
赤子の瞳は、美しい緑色だった。しかしその瞳孔は、羊のように横長ではない。
狼のように、真ん丸だった。
(そういうことか)
ノアは納得する。
赤子は、ベゾアールと呼ばれる存在だった。羊の親から稀に生まれる、羊と狼両方の性質を備えた不思議な子。普段はただの羊だが、大切な人を守るときには狼の成獣となって牙を剥く。そんな存在だ。
向こう側の羊は、狼を忌み嫌う。自分の子がベゾアール、即ち狼としての一面があるなんて耐えられなかったのだろう。だから喰われてしまえとこちらに捨てた。
見回してみるが、親らしき影もない。
このままでは本当にこの子は殺されてしまう。赤子が羊なだけに、警察も信用し難い。
何よりこのまま見捨てるなんて、ノアはできなかった。
ノアはそっと手を伸ばす。カギ爪の生えた手で、ノアは赤子を抱え込んだ。
大きな瞳、狼の瞳がこちらを向く。ふっと無邪気に笑いかけた。
「………」
その仕草にノアも微笑みを返すと、自分の毛皮でしっかりと温め帰路を歩んだ。
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