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梨々花は孤児だった。施設で育った子ども時代はそれなりに楽しかったが、物質的に満たされたことはなかった。
桜輔に見初められ結婚して、はじめて「贅沢をする」ことを知った。義母は強烈な性格だったけど、桜輔がその豊かな包容力で分厚いクッションになってくれたので、気にはならなかった。
出会って半年程でスピード結婚し、式もあげておらず、親戚付き合いもこれから少しずつやっていこうというところだった。
桜輔の実家が営む旅館『華乃家』も、話には聞くけど梨々花にはまだまだ関係の薄い遠い場所であった。
初めて手に入れた温かい家庭。
幸せだった。
それなのに、桜輔は突然この世を去ってしまった。
桜輔と二人で暮らしていたマンションに帰ると、すぐさまスマホで堕胎できる病院を探して、勢いに任せて予約した。
「あんのクソババア。最初っから私のこと嫌ってたのバレバレだっての。桜輔さんの母親じゃなきゃグーで殴り倒してたわ」
お上品にしていた反動で必要以上に口汚くなる。それでも怒りがおさまらずに部屋をグルグル動き回る。
「あんなやつに赤ちゃん渡したら超ひねくれた子になっちゃう。それに親のいない不幸な子にさせちゃう。…そんなの絶対ダメだ」
部屋中を動き回って、目の前にあらわれたワインセラーから適当な一本を取り出す。お酒に弱いくせにコレクションするのが好きだった桜輔の愛蔵品。
なみなみとグラスに注ぐと、真紅の液体が不思議と心も満たしていくような気がした。
そのまま喉に流し込む。
その途端お腹の奥がキュンと疼いた。
「う…っ」
梨々花はトイレに駆け込んで吐いた。
朝から何も食べてなかったため胃液しか出ない。
「う、うぅ…うぅ…」
胃が警報を鳴らすかのように痙攣する。
ぼんやりと膜がはって視界が歪む。
「おろせるわけ、おろせるわけないじゃないっ」
お腹に手をあててギュッと目をつぶる。涙が止めどなく溢れてきた。
「うぅ…桜輔さんっ、桜輔さんのバカッ、なんで死んじゃうのよっ。私とこの子を残して。なんで!?なんでよ!?」
泣きながらえづく。吐きたいのに、吐き出したいのに、何も出てこない。
「幸せになろうねって言ったじゃない!!ウソつき!!このクソ馬鹿野郎!!もう、もうもう!何もかも最悪!!」
涙と鼻水と胃液でグチャグチャのドロドロになりながら、梨々花は空っぽになるまで大声で泣き続けた。
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